感染症、原油価格下落と首相不在──イラクを苦しめる三重苦
コロナ危機にあっても、中東の対米関係の問題は未解決のままだ(写真は今月21日の首都バグダッド) Khalid al Mousily-REUTERS
<イラクの政権が安定しないことで、今後の駐留米軍撤退の見通しも不透明に>
新型コロナウイルス、原油価格の下落という二重苦が、中東諸国を直撃している。世界銀行のあるエコノミストは、3月半ば「中東をパーフェクト・ストームが襲っている」と述べた。
4月25日付のジョンズ・ホプキンス大学の統計によると、中東地域での感染者は欧米諸国ほど多くはないものの、トルコが最も多く10万1790人(世界第7位)、次いでイラン8万7026人(8位)となっている。さらにイスラエル(1万4803人)、サウディアラビア(1万3930人)、UAE(8756人)、カタール(7764人)と続くが、全人口との比率でみるとカタールがイランやトルコの倍以上となっており、国の規模の小さい湾岸産油国での深刻さがわかる。
その湾岸産油国に大打撃を与えているのが、原油価格の下落だ。今年初め、1バーレルあたり70ドル弱だったブレント原油価格は2月後半から急落し、4月22日には16ドルを切った。その数日前にはニューヨークで、米WTI原油の先物価格がマイナス40.32ドルにまで大暴落している。4月23日には世界銀行が、2020年の原油価格は昨年から43%減の35ドル/バーレルで推移するとの推計を発表したが、果たして持ち直すかどうか。
その結果、産油国のいずれもが当初予算の数分の1しか収入を得られないことになり、財政支出の大幅縮小を余儀なくされている。むろん産油国の経済悪化は、産油国からの援助や出稼ぎ送金などを収入源としている非産油国の収入減にもつながり、これまでオイルマネーで域内の政治的影響力を行使してきた湾岸産油国のパワーの変化をももたらしかねない。
だが、感染症と経済危機の二重苦ならまだまし、という例は、中東にはいくつも見られる。シリアやイエメン、リビアなど、もともと内戦で疲弊しきっている国だ。これらの国では、検査自体ができていないせいかまだ新型コロナウイルスの被害がはっきりしないが、国家が十分立て直せていない状況での感染症の蔓延は、明らかに深刻な状況を招く。
二重苦に国家体制の崩壊、未整備という3つ目の「苦」を抱えているのは、イラクも同じだ。いまやコロナ騒ぎの陰に隠れた感はあるが、二重苦発生の直前までの中東での最大の爆弾といえば、イランと米国の対立、そしてその舞台として巻き込まれたイラクの政治情勢だった。1月初めにイランの革命防衛隊クドゥス部隊司令官、カーセム・ソライマーニとイラクの民兵組織「カターイブ・ヒズブッラー」の指導者アブー・マフディー・ムハンディスがバグダードで米軍に殺害された事件は、イラン、イラクと湾岸地域全体を巻き込む、大激震を予感させるものだった。
だが、「激震」は、新型コロナウイルスの蔓延を前に、陰に隠れてしまったのだろうか。いや、問題の根は相変わらず未解決のまま、放置されている。特に、イラク人で政治的影響力も大きかったムハンディスが殺害されたことで、イラク政界が一気に反米に傾いたことは、以前のコラムでも指摘した。ここで、改めて1月のソライマーニ殺害事件以降くすぶり続けてきたイラクとアメリカの関係がどう展開してきたのかを振り返ってみよう。
首相不在が続いたイラク
イラクが抱える「苦」のひとつは、なによりも首相不在の状態が長く続いていることだ。昨年秋から始まった反政府抗議活動の激化から、アーディル・アブドゥル・マフディ首相が11月に辞任を表明していたが、後任が決まらず、マフディ首相が暫定として首相役を務めていた。そこに、ソライマーニ殺害という大事件である。
なんとか正式の内閣を立ち上げなければと、2月1日にムハンマド・アッラーウィ元通信相が首相に任命された。ところが、任命されて1カ月のうちに組閣を行わなければならないところ、与党諸派閥の間での調整がつかず、3月1日に首相就任を辞退。ついで任命されたのは、元ナジャフ知事でアメリカと極めて関係の深いアドナン・ズルフィーだったが、イランからの支持が得られず、わずか3週間で辞退した。
ようやく3人目が首相に任命されたのが、4月9日である。諜報部の責任者で、もとは報道オピニオン専門のウェブ誌の編集担当をしていたこともあるインテリ、ムスタファ・カーズィミーに白羽の矢が立った。ムハンマド・アッラーウィは閣僚経験が短く与党各派閥との関係が薄かったこと、ズルフィーはアメリカに近すぎて政界の有力勢力から反発を買ったことに対して、カーズィミーは諜報関係を通じて各勢力とのパイプを持っている、と言われている。4月23日には組閣案を提示したが、これまた与党内の調整がつかず、難航中だ(4月27日現在)。
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