北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態

10月にインターネットに投稿されたロシア国内で訓練を行う北朝鮮兵士たちとされる映像より EYEPRESS via Reuters Connect
北朝鮮では毎年4月に朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の招募(徴兵、入隊)が行われる。人気のある配属先といえば、かつては国境警備隊だった。密輸や脱北の手助けをして収入が得られ、それなりに豊かな生活ができたからだ。
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今年、人気を集めているのは情報(IT)部隊だ。息子をそこに配属させるべく、親たちの黒いカネが飛び交う事態となっている。軍のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
朝鮮人民軍は、兵力としてのIT分野を強化するため、一部の機械化師団に「情報兵独立分隊」を設置した。所属する兵士は個室を与えられ、パソコンやIT技術を習得する。劣悪な環境で集団生活し、飢えに苦しむ一般の部隊に行くのとは天と地ほどの差があり、除隊後にも条件の良い就職が望める。
(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為)
兵役の人事を司る国防省隊列補充局の幹部は、この部隊のポストの「販売」を始めた。
カネと権力を併せ持つ親に接近し、息子に楽をさせたいならこの部隊がいいと話を切り出し、高額のワイロを要求する。情報筋は、その額を明らかにしていないが、話からおおよそ予想がつく。
「昨年までは北朝鮮ウォンの現金、酒、タバコがワイロの典型だったが、今年からは米ドル、ノートパソコン、スマートフォンなど高価な電化製品に変わりつつある」(情報筋)
もちろんタバコと言っても、輸入された高級タバコだ。
幹部は、「今ならポント(ポスト)が数人分残っている」などと親に持ちかけ、ワイロをむしり取ろうとする。彼らにとって徴兵の始まる4月1日からの2週間が「1年分の収入を稼げる黄金期」(情報筋)と言われるほど儲かるのだ。
暗号資産窃取事件を頻繁に起こすほどのサイバー能力を誇る北朝鮮だが、売官売位のネタにしかなっていない、「情報兵独立分隊」がIT人材を輩出するのは難しいだろう。
一方、息子がロシアに送られるのではないかと不安になった親たちが、それだけはさせまいと各地の軍事動員部の幹部にワイロを手渡し、兵役の免除やより安全な部隊への配属を求めるなど、徴兵を巡る不正行為が多発している。
北朝鮮ではそうでなくとも、兵役忌避の風潮が強まっていた。とくに娘を持つ親たちは、部隊内での虐待を恐れ、あらゆる手を尽くして「マシな部隊」に送ろうとしている。
(参考記事:女性少尉を性上納でボロボロに...金正恩「赤い貴族」のやりたい放題)
当局は今までも、徴兵過程での不正行為の根絶に取り組んできたが、隊列補充局の幹部らは不正を黙認し合っている。誰かを告発したら、部署全体が厳しい検閲(監査)を受けることになり、自分の不正行為も発覚するからだろう。収入も途絶え、下手をすれば平壌から追放されることになる。
大々的な摘発が行われ、人員が総入れ替えになることもあるだろうが、新しく来た人員も頃合いを見て不正行為を始めるだろう。人事権、許認可権などありとあらゆる権限の類がカネに化けるのが北朝鮮の常なのだ。
[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

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