コラム

第5回国会選挙が、イラク政界にもたらす新しい風

2021年10月20日(水)11時00分

選挙での勝利を祝うサドル派の支持者たち Alaa Ai-Marjani-REUTERS

<有権者はベテラン議員にはもう期待せず、新人にしか期待できない>

先週から日本は、総選挙に向けた選挙戦に突入して賑やかな毎日が続いているが、イラクでも今月10日、国会選挙があった。前回2018年の選挙後、全国各地で反政府抗議運動が頻発したため、政治改革を求める抗議運動の要求にこたえて、予定を早めた選挙となったのである。選挙制度がこれまでの比例代表制から中選挙区制に変更になるなど、一定の改革要求は実現したものの、抗議運動側のなかにはそれが不十分だとして、選挙をボイコットした政党が少なくなかった。41%という史上まれにみる低投票率も、選挙に対する不信感の強さを反映している。衝突もなく、かなり平穏無事に選挙が行われたとはいえ、何回も開票結果が延び延びになったり、思ったほど票の取れなかった政党が数え直しを求めたりと、結果が確定するまでには紆余曲折があった。

選挙結果がようやく確定した今、第1党に反米ナショナリズムを旗頭にしてきたサドル派が台頭したこと(329議席中73議席)や、抗議運動を背景とした新政党や無所属候補者の当選が相次いだこと(全議席中14%)などが、各種報道では指摘されている。サドル派は前回選挙でも第1党だったのだが、その後の組閣過程で結局は既存の与党勢力が主導権を取り、特に親イラン系政党を連立内に含むファタフ連合が抗議運動への弾圧を繰り返し、国民の政府不信は払拭できなかった。今回の第1党獲得で、サドル派が政権運営を主導的に行えるか、それとも他のシーア派系政党との連立を余儀なくされることで、再び改革がなし崩しになるか、と注目されている。

そういう政党間駆け引きの行方も面白いのだが、ちょっと少し視点を変えてみると、なかなか興味深いことに気が付く。他の与党経験政党の多くが、前職議員や大臣など、経験者をずらりと並べて選挙に臨んだのに対して、サドル派は立候補者をがらっと入れ替えていることだ。そして、与党経験政党の前職議員の多くが、落選していることだ――うまく新興政党に乗り換えた者を除けば。

これが何を意味しているか。一言でいえば、こうである――有権者はベテラン議員に期待しない、新人にしか期待できない。このムードが、イラク政界に新しい風をもたらしている。

選挙導入後、膨大な数の政党が乱立

今回の選挙を見る前に、イラクの政党政治の流れを、簡単にまとめておこう。周知のとおり、イラクでは2003年以前は一党独裁体制だったため、国会選挙といっても野党はなく、立候補には大きな制約があり、かつ選挙結果も操作されていた。それが2003年のイラク戦争により、複数政党制による自由な国会選挙が導入されて以降、膨大な数の新政党が乱立しての選挙が繰り返されてきた。

その中心は、2003年まで海外拠点を中心に活躍していた政党が帰国して政治の中枢に立った勢力で、シーア派イスラーム主義系政党と、クルド民族主義政党、宗派に関わらずリベラルな世俗派政党の三派に代表されていた。人口の過半数を占めるシーア派住民の支持を集めるイスラーム主義政党が主導権を取る形で、政権が運営されていったが、こうした海外からの出戻り政党に対して、同じイスラーム主義を掲げながらもナショナリズム、反米を強く打ち出して国民に広く支持を拡大した政治勢力がいた。それがサドル派と呼ばれるグループである。同じシーア派、同じイスラーム主義勢力であっても、イランやシリアに長く亡命してきたダアワ党やイラク・イスラーム最高評議会とは、角突き合わせてきた。また、シーア派住民のなかにはイスラーム主義と距離を置きたいリベラル系も少なくなかった。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ベネズエラ大統領、国民に「絶対的な忠誠」を誓うと演

ワールド

OPECプラスの新評価システム、市場安定化に寄与と

ビジネス

日本の不動産大手、インド進出活発化 賃料上昇や建設

ビジネス

ビットコイン再び9万ドル割れ、一時8%安 強まるリ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯終了、戦争で観光業打撃、福祉費用が削減へ
  • 2
    【クイズ】1位は北海道で圧倒的...日本で2番目に「カニの漁獲量」が多い県は?
  • 3
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果のある「食べ物」はどれ?
  • 4
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 5
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 6
    中国の「かんしゃく外交」に日本は屈するな──冷静に…
  • 7
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 8
    600人超死亡、400万人超が被災...東南アジアの豪雨の…
  • 9
    メーガン妃の写真が「ダイアナ妃のコスプレ」だと批…
  • 10
    コンセントが足りない!...パナソニックが「四隅配置…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story