コラム

東エルサレム「立ち退き」問題で激化する衝突

2021年05月12日(水)22時15分

今回の衝突は、7日にイスラエルのアルアクサー・モスクから始まった Ammar Awad-REUTERS

<イスラエル占領地の住民には、じわじわ悪化していく現実に対するフラストレーションがたまり続けている>

イスラエル併合下にある東エルサレムで、5月初めから大規模な衝突が続いている。5月7日、ラマダン月最後の金曜礼拝が実施されたアルアクサー・モスクで、イスラエル警察とパレスチナ住民が衝突、パレスチナ人側に200人以上の負傷者が出た。

9日は預言者ムハンマドに最初の啓示が下された「みいつの夜」に当たっていたが、今年はイスラエルの「東エルサレム併合記念日」と重なり、これを祝うユダヤ人と反発するパレスチナ人の間で衝突が激化、イスラーム教徒にとっての聖地であるアルアクサー・モスク内にイスラエル警察が踏み込んだ。一方で、ハマースがガザでミサイル攻撃を再開するなど、対立は拡大、現在に至っている。

東エルサレムを中心とするパレスチナ人とユダヤ人の衝突は、4月なかば、ラマダン月(2021年は日本時間で4月13日〜5月12日)が始まるころから深刻化していた。イスラエル政府は、ラマダン月に東エルサレムでイスラーム教徒が大規模集会を開くことを禁じる命令を出した。この決定はその後撤回されたが、神と向かい合い、信仰心を深め、イスラーム教徒同士の連帯意識を強めるラマダン月だからこその儀式や集まりの機会を、真っ向から否定する決定であり、イスラーム教徒の反感を煽った。そうしたなかで4月22日には、ユダヤ人の右翼団体「レハヴァ」がエルサレムでデモを行い、「アラブ人に死を」と叫んでパレスチナ人を挑発した。

半世紀以上続くユダヤ人入植地問題

こうした対立の背景にあるのは、半世紀以上続くパレスチナ人居住地域でのユダヤ人入植地問題である。今回の衝突の直接の原因は、東エルサレムにあるシャイフ・ジャラーフに住むパレスチナ人家族への立ち退き命令を、イスラエル法廷が5月10日に出す予定になっていたことだ。イスラエルは1967年に占領した西岸、ガザのうち、東エルサレムについてはこれを併合し、1980年には東西を統合したエルサレムをイスラエルの首都とする法律を制定した。

このイスラエルの政策は、後に詳しく述べるが、国連安保理決議478号で「国際法違反で無効」とされている。だが、イスラエル政府は着々と首都エルサレムの国際的認知と再開発を進めている。2018年、トランプ政権下のアメリカが、米大使館のテルアビブからエルサレムへの移転を断行したのは、そうしたイスラエルの政策に答えたものだ。

東エルサレムのパレスチナ人立ち退き政策は、エルサレム旧市街観光推進のためにケーブルカーを敷設するという計画の一環として、近年進められているものである。昨年11月にイスラエル法廷は、アルアクサー・モスク南のバタン・アルハワー地区の住む87人のパレスチナ人の立ち退きを決定した。今回対象となるシャイフ・ジャラーフにはパレスチナ人38家族が住んでいるが、即座に立ち退き対象になっているのが4件、その後8月までに3件が立ち退かされる予定である。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米農務省、5カ月で職員2割が離職 トランプ政権の人

ビジネス

米ウーバーとリフト、中国百度と自動運転タクシー試験

ワールド

米政府、ブラウン大学の安全対策再検討へ 銃乱射事件

ビジネス

元の対ドル基準値、1年3カ月ぶり高水準に 元高警戒
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story