イラクで再現される「アラブの春」
バグダッドのタハリール広場を埋めるデモの群集(11月2日) Sabe Kareem-REUTERS
<宗派を超えて広がり、あらゆる政党の介入を拒否するイラクの反政府デモは、まるで8年前にエジプトでムバラク政権を倒した「アラブの春」の第2幕>
IS(自称「イスラム国」)の脅威にようやく終わりを告げたイラクで、今年10月に入って再び世界を驚かせる事態が起きている。それは連日イラクの各地で繰り広げられている、数百万人規模の反政府デモだ。
10月1日、首都バグダードの中心部にあるタハリール広場に、若者中心に数千人のデモ隊が集まり、政府批判を開始した。そこに政府の治安部隊が出動し、デモ隊に向けて高圧水射砲と催涙弾で鎮圧を開始、2人が亡くなった。完全に丸腰のデモ隊で死者が出たことから、デモ隊や市民の間に怒りが爆発、政府に対する反感がさらに高まった結果、デモ隊に合流する支持者の数は日に日に増えた。事態の急速な展開に慌てた政府は外出禁止令を発令、ネットやSNSなどの通信を75%カットし、盛り上がる反政府の声を押しとどめようとしたが、すべて逆効果、タハリールのデモ隊は膨れ上がるばかりか、南部の諸都市でも並行して反政府デモの火の手が上がった。デモ開始から5日間で、死者数は90人近くにまで上った。
デモは、10月半ばのアルバイーンというシーア派の宗教行事の数日間、沈静化したが、10月25日から再び各地で開始、タハリール広場に集まる人々の数は毎日数百万人規模に増え、10月中の死者数の合計は少なく見積もっても250人と報じられている。だが、デモ隊の勢いとそれへの市民の支持はますます高まり、とどまるところを知らない。10月8日にはポンペオ米国務長官がイラク政府に暴力行使の自制を求める発言をする一方で、同月30日にはイランのハメネイ最高指導者が、イラクの混乱はアメリカに煽られていると述べるなど、米・イラン関係にも影響しそうだ。
戦後のイラクで、反政府デモは珍しいものではない。これまでも南部のバスラを中心に、失業や生活苦、地方行政への不満を掲げて、毎年夏になると連日のようにデモが繰り広げられていた。戦争から16年経ても経済は全く回復しない、就職口もない、電気や水など日常必需品も十分ではない。特に夏になると、連日50度以上という酷暑のイラク南部では、停電が応える。2018年はチグリス川の水の汚染が深刻な問題となり、飲料水不足はむろんのこと、水産資源が破壊されて漁業に打撃を与えた。
宗派の違いを超えた国民運動
なによりデモ隊が問題視するのは、中央、地方政府の政治家、役人の腐敗、汚職である。2014年のトランスペアレンシー・インターナショナルの報告書では、世界175か国のうち、イラクの公明正大性(腐敗のバロメーター)は下から6番目だった(イラクより悪かったのは、北朝鮮、南北スーダン、ソマリア、アフガニスタンである)。批判を受けて政府は汚職撲滅の試みを口にするものの、その後も改善の兆候はなく、政府閣僚はもちろん各県の知事や県議会議長などの主要ポストに就くものたちは、その地位を利用して多額の資金を思いのままにしてきた。過去何年にもわたってデモ隊が批判してきたのは、こうした政府要人の権力と政府予算の私物化だった。
デモ隊の批判対象が、政府の腐敗と社会経済問題というこれまでと変わらぬ点だとすれば、なぜそれが突然10月1日に火を噴いたのだろう? デモ隊の主流は、大学生など若者たちだが、その数日前のバグダード市内の大学の様子はいたって平穏だったし、学生も教員たちも普段通り、夏休みの最後の週を楽しむ姿しかなかった。それが何故突然、治安部隊と衝突することになったのだろう?
引き金のひとつと言われているのが、9月25日の首相府前のデモでデモ隊に被害が出たことである。大学生中心のこのデモは、失業を問題視する程度の、小規模なものだった。だが、それに武装車両を動員した治安部隊が対峙し、圧倒的な規模でデモ隊への鎮圧を図ったのである。その結果、女子大生も含め、多くの負傷者が出た。この政府の対応が、平和裏のデモに対する対応として一線を超えたとみなされた。
27日に、国民から支持の厚い治安関係の要人の1人が解任されたことも、デモ隊の政府不信を高めたと言われている。10月初めにデモが激化した後、国家安全保障担当顧問でIS掃討作戦を行ったPMU(人民動員機構)の責任者でもあったファイヤーズは、デモ隊の行動を「外国の手先」と呼び、これに対して断固たる措置を取る、と脅したが、こうした政府の強圧的な姿勢がデモ隊の反政府意識を煽ることになったのだろう。
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