イラクで再現される「アラブの春」
ところで、この反政府デモの拡大は、国内外で大きな驚きを持って受け止められている。なぜなら、それがこれまでの反政府活動や市民運動と大きく異なっているからである。欧米のイラク・ウォッチャーの多くは、「過去60年間で(あるいは建国以来)初めての、本格的で全国的な市民運動だ」と注目し、「これまでにない、宗派など出自の違いを超えた、初めての国民的運動の広がり」と興奮した様子でツイートしている。
イラク国内から次々に動画や写真を送ってくるさまざまな階層の人たち(日本のアニメ大好き! という女子大生も含めて)が異口同音にいうのが、「これは革命だ」ということだ。実際、デモ隊と政府側の攻防を同時中継的にツイートしているのは、Iraqi Revolutionというアカウントだし、ハッシュタグには #IraqProtests とか #IrfaaSawtak(声を挙げろ、の意)などが出回っている。
つまり、今回のデモの第1の特徴は、運動が超宗派的で、宗派的な違いがこの対立に全くといっていいほど反映されていないということである。批判の対象となっている政府や主要政党の幹部はシーア派だが、デモ隊の多くもまたシーア派である。いや、むしろスンナ派住民が意図的に参加を控えているといってもいいだろう。なぜなら、スンナ派が主導的に反政府側に参加すると、「ISの再来だ」とか、「(スンナ派が優位にあった)戦前の旧体制を支持する者たちの反逆だ」などと、政府側がデモ隊を鎮圧する際の口実に容易に使われてしまうからだ。そのことをよく知っているため、スンナ派地域ではデモへの参加を控えている。
デモ隊「10か条の要求」
それでも、共感を示すためにモースル(住民のほとんどがスンナ派でISの支配下におかれたことから、シーア派の治安部隊の間にはモースルのいまだに懐疑心を持っている)からタハリール広場にやってきた若者が、「我々はデモ隊を支持する」というプラカードをおずおずと掲げた姿がSNS上で好意を持って拡散されるなど、スンナ派からの応援は歓迎されている。タハリール広場でデモ隊の間で行われる礼拝に、スンナ派、シーア派両方の礼拝師が呼ばれている様子も見られる。
第2の特徴は、デモ隊の間で明確な反イラン姿勢が打ち出されていることだ。11月4日には、シーア派聖地カルバラで、デモ隊によってイラン領事館が襲撃された。カルバラは上述したアルバイーンなど、シーア派の巡礼行事の重要な拠点であり、毎年数百万のイラン人巡礼客が訪れる。その観光収入で街が潤っていると言ってもいい。そのカルバラでイラン領事館が、同じシーア派のカルバラ県住民に襲撃されたということは、宗派が同じだからといってイラク国内でのイランの影響力増大に満足しているわけではない、ということがよくわかる。
反イランを打ち出す以上に、徹底してデモ隊が拒絶するのが、与野党関わりなく、すべての政党の介入だ。これまでの反政府デモの多くが、最初からにせよ途中からにせよ、「サドル潮流」の協力や介入を受けてきた。ムクタダ・サドル率いる「サドル潮流」は、他の政党と異なり、下層住民、特に社会的に周縁におかれた若者の支持を集めてきた。2018年の選挙でも、最も多くの票を得た第一党となった。今回のデモでも、25日のデモはサドル潮流が積極的に呼びかけたものとなったが、だからといって「サドル潮流」がデモ全体を仕切っているわけではない。ツイッターで伝えられる動画には、「ハーディー(アーミリー、親イラン派の政党ブロック「征服」の党首)にノー、ムクタダ(サドル)にノー」と壁にスローガンを書く若者に、「サドル潮流」のメンバーが何かを語りかける姿が映し出されている。
11月4日、デモ隊が発行するビラに「10カ条の要求」が掲げられたが、そこには「政府の即時退陣」の他、その後の移行政府は政党からではなく民衆から選ばれること、選挙は政党を選ぶ比例代表制ではなく個人が立候補するものにすること、地方に与えられた政府設立権を廃止すること、などが挙げられている。
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