コラム

移住者人気No.1の北杜市 シャッター街と馬がいる理想郷を抜けて

2020年01月10日(金)18時30分

馬の町から信玄の道を通って信濃国へ

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小淵沢の町のあちこちにある「馬横断注意」の看板

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馬道で出会った馬

小淵沢は「馬の町」としても有名である。大小多くの乗馬クラブと県営の馬術競技場あり、リゾートエリアには馬道がよく整備されている。乗馬が盛んなイギリスなどヨーロッパの町並みを彷彿とさせる点も、このあたりが純和風の周辺の既存市街地とは明らかに様子が異なる理由であろう。

小淵沢まで歩いてきたからには、ぜひ馬を見たい。出会いを求めて馬道を歩いてみると、念願通り2頭の美しい馬が前方の林間から現れた(本稿冒頭の写真)。他の地域の日常生活ではほとんど見られないこうした光景も、新天地で第二の人生を歩みたいと考える人々を引きつけるのではないだろうか。

この小淵沢はまた、「日本横断徒歩の旅」的には、山梨県最後の町である。奥多摩の陣馬山を下山してから、今回を入れて10回に渡って合計約170kmを歩いて山梨県を横断してきた。その道程で、笹子峠の交通史に触れたり、勝沼のブドウ畑で甲州ワインをテイスティングしたり、甲府盆地の地方病との戦いに思いを馳せたりした。しかし、なにはともあれ、甲斐国がそのまま県になった山梨の主役は、なんと言っても「武田」である。あらゆる町角、山の中にも武田の栄光が見え隠れする。馬の町小淵沢の歴史もまた、武田の軍馬の産地だったことに行き当たるのだ。

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"国境"に到達。旅の舞台は長野県へ

そして、山梨県(甲斐国)からその先の長野県(信濃国)へ抜ける道は、これまた武田の軍用道路として開かれた「信玄棒道(しんげんぼうみち)」である。県境を示す看板は、棒道沿いの県道の小さな橋の先にあった。周囲は八ヶ岳南麓の赤松中心の林から、信州の高原を象徴するカラマツ林に変わっていた。日没時間を過ぎ、カラマツの真っ直ぐに伸びた幹が、冷涼で澄んだ信州の濃紺色の夜空に伸びる。遠くに鹿の鳴き声。八ヶ岳山麓は、古代日本人のルーツがある野生が立ち上る土地だ。

今日のスタート地点の長坂からここ富士見町に伸びる棒道には、「送り犬」の伝説がある。送り犬とは、夜道にいつの間に現れる、野犬様の妖怪である。

ある日、忠兵衛が上諏訪からの帰途、立沢(現・長野県富士見町)まで来ると日が暮れてしまった。花戸ヶ原にさしかかると、送り犬につかれた。人家が近い小荒間(現・山梨県北杜市小淵沢町)までくるといなくなったが、それをはずれたらまた山犬がついてきた。谷戸村(現・山梨県北杜市大泉町)大芦の入口にある鳩川の橋のたもとで「ごくろうよう」といったら、犬は姿を隠した。(『長坂町史』より)

県境を過ぎてから、この記述に出てくる立沢の棒道を歩いた。富士見高原スキー場の明かりを目指して小一時間夜道を進み、今日の歩きを終了。まだ積雪はないが、いつ降ってもおかしくないひんやりとした夜空だった。次回は、縄文古代文化発祥の地、尖石遺跡を経て、筆者の移住先である白樺湖・車山方面を目指す。

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「送り犬」が出そうな夜の棒道を進む

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今回歩いたコース:YAMAP活動日記


今回の行程:長坂駅 → 富士見高原スキー場(https://yamap.com/activities/5270126
)※リンク先に沿道で撮影した全写真・詳細地図あり
・歩行距離=18.2km
・歩行時間=7時間14分
・上り/下り=694m/150m

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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