コラム

移住者人気No.1の北杜市 シャッター街と馬がいる理想郷を抜けて

2020年01月10日(金)18時30分

既存市街地を抜けて移住者との混在エリアへ

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既存市街地にはゆったりとした時間が流れていた

長坂の中心を抜けて小淵沢に向かう。冬の快晴の週末。時折見かけるローカルな住民は、ほとんどがお年寄りだ。ゆったりとした日常の光景が流れる。やがて前方の八ヶ岳の姿が大きくなるにつれ、トレーラーハウスやログハウスといった「移住」をイメージさせる家が目につくようになってきた。中央自動車道を越えて八ヶ岳に向かうゆるやかな上り坂に入ると、いよいよ都会的なセンスの田舎=移住者の町の様相が強まっていった。

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南アルプスを背景に建つ遺棄された?トレーラーハウス

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八ヶ岳を望む住宅地には新しい家が目立つ。停まる車は他県ナンバーが多い

新しめの洒落た住宅に停まっている車のナンバーを見ると、やはり「品川」「多摩」「横浜」「所沢」といった首都圏のナンバーが多かった。ただ、一方で、地元山梨ナンバーも混じっていて、これはもともと住んでいた人か、定住して一定の年月が過ぎた移住者か、既存市街地から移ってきた若い世代の「地域内移住者」のいずれかだ。これが、小淵沢駅の北側のリゾートエリアや清里周辺になると移住者の住宅と別荘が大勢を占めるようになるのだが、中央自動車道が見えるこのあたりは、新旧混在エリアである。

ところで、本連載担当の編集者によれば、田舎暮らし関連のweb記事でアクセスが多いのは、その良さを伝える内容よりも、負の側面を扱ったドキュメンタリーだそうだ。そう、しばしば目にする「新参者の移住者が村八分に遭った体験談」の類いである。「高額な町内会費を払うか行事に参加しないとゴミを捨てさせてもらえない」とか、「移住先で店を始めようとしたら電気工事すらも断られた」といった田舎暮らしのあるある話。いくら人口流出に悩む自治体が誘致に熱心でも、当の地域住民は相変わらず排他的で、田舎のしきたりや因習に合わせられない移住者がはじき出されるという"現実"が、似たような事例とともに繰り返し語られている。

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田舎町の軒先の番犬は、よそ者を見ると激しく吠えたてる。犬好きの僕はそれも「かわいい」と思う

地元を知る友人と移住者の親戚

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JR小淵沢駅周辺には古い町並みが残る

でも、やっぱりネット上の"真実"や噂話だけでなく、当事者から直接得られる情報や情緒を知るのは大事だ。この「日本横断徒歩の旅」は、飛び入り参加自由で、今回は、小淵沢に親戚筋が多い友人も一緒に歩いてくれた。彼の実家に当たる家は、かつてJR小淵沢駅南側の商店街で商店を営んでいた。地方の既存市街地が活力を失った今、商いを継続できる個人商店はごくわずかだ。彼の実家も祖父の代で店じまいし、今は駐車場になっている。その後近くに建てた住まいはまだ健在で、親戚も町内に残っているが、友人にとっての「小淵沢のおじいちゃんの家」は、既に少年時代の甘酸っぱい思い出に埋もれつつある。

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JR中央本線の下をくぐる地下道。この先はガラッと印象の違うリゾートエリアだ

小淵沢の町は、JRの線路の南と北でくっきりと様相が分かれる。友人が子供の頃は、まだ踏切番がいる手動の踏切だったという箇所は、今は中央本線の下をくぐる地下道になっている。緑色の蛍光灯の光を頼りに薄暗いトンネルを抜けると、立派な蔵が残る古い町並みがもう少し続き、中央自動車道を越えて、今度は小海線の線路にぶつかる。その踏切を過ぎると、一気に洋風の別荘建築や移住者の住宅が立ち並ぶ、戦後開発されたリゾートエリアとなる。

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リゾートエリアに入ると洋風の別荘建築や移住者の住宅ばかりになる

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道行く人も都会的な出で立ちのリタイア世代が目立つ

今回の旅の少し前に、同じ北杜市内のリゾートエリアに住む僕の母方の叔父と叔母に、最近の暮らしぶりについてあらためて話を聞いた。夫妻は山梨には全く地縁がなく、15年前に定年を機に東京から移住してきた。線路の向こうの"旧市街"の住人の子孫である友人とは、対照的な立場である。

「他の移住者もみんな言っていることだけど、本当にここで生活して良かった。こんなに楽しい第二、第三の人生があるとは思わなかった」と、クローバルに展開するメーカーでバリバリのキャリアウーマンとして半生を送った叔母は言う。同じ会社の技術者だった叔父共々、若い頃は都会志向で、将来田舎暮らしをすることは「全く想像していなかった」と口をそろえる。60歳の定年間際にたまたま縁があって見に来た土地を気に入って別荘を建て、東京の自宅と行き来しているうちに、いつのまにか山梨に生活の拠点がシフトしたという。

「こっちには、東京にない魅力がたくさんある。まず、暖炉のある生活にあこがれて、家を建てる時に薪ストーブを設置した。そうすると自分たちで薪を割るようになる。そして、『こっちの野菜はおいしい』というところから始まって、家庭菜園を始める。そういうことを楽しみとしてやるんだよね。移住者は皆同じ。山を眺めながらただボーッとしているわけじゃない。結構忙しいんだよ」

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今年の正月に訪ねた北杜市の叔父叔母宅で

一方、地元の人たちは、子供の時から厳しい自然を相手に"生き延びてきた"と言って良いだろう。同じ薪ストーブにまつわる話でも、「子供の頃は、早朝、学校が始まる前に山から薪(たきぎ)を運ばされた。大人になったら絶対にやりたくないと思いながら歯を食いしばっていたよ。薪割りを進んでやる都会の人の気が知れないね」とは、僕が今住んでいる長野県茅野市の地元のお年寄りの言だ。

こうした一つ一つの田舎暮らしの断片に対する接し方の違いが積み重なって、地元民と移住者の間で大きな価値観の違いが生まれるのかもしれない。件の叔父夫婦は、「周りにいる同じ境遇の移住者とはすぐに友だちになれる。一方で地元の人とは接点がない」と言う。僕自身も、移住先の長野県には友人知人、仕事のパートナーはほとんどいなくて、出身地の首都圏の人たちとばかり付き合っている。無理して地元に溶け込もうとしても長続きしないことは、本能的・体験的に分かっているから。

ただ、もう一人の叔母や3姉妹の長女である僕の母も移住者なのだが、この2人は地元の人との交流が深い。母などは「一緒に宝石を買いに行こう、とか、高級レストランでディナーとか、東京での付き合いがバカみたいに思えてくる。今は、地元の人たちとワイワイと趣味のフォークダンスをしたりする方がずっと楽しい」と、すっかり"地元派"だ。末っ子の叔母は、村の民生委員を3年間務めた。かように、人それぞれな「田舎暮らしの人間関係」なので、よくある"村八分モノ"の記事を読んで「田舎は排他的だ」と考える必要もないのかもしれない。

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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