コラム

ホンダ英国工場撤退で大騒ぎの不思議

2019年02月23日(土)17時20分

2020年に閉鎖の方針が発表されたホンダの英スウィンドン工場 Eddie Keogh-REUTERS

<3500人の雇用が失われるスウィンドンの工場閉鎖にイギリスは動揺するが、イギリスの雇用が絶好調なこと、経済構造が変化していることは注目されていない>

今日、大きなニュースが2つあった。1つはホンダがイギリス南部スウィンドンにある工場を2022年に閉鎖し、3500人が失職するというもの。もう1つは、イギリスの失業率が1975年以来で最低水準になっていることだ。

どちらが大きな扱いだったと思う? そう、ホンダだ。今日のニュースを見ていると、この決断を下した東京本社からのリポートがあり、何人ものホンダ従業員がインタビューで将来への不安を口にし、イギリスにおけるホンダの歴史が紹介され、産業界リーダーや政治家たちが今回の件はブレグジットに原因があると批判し(ホンダは、撤退はブレグジットとは関係ないと言っているのだが)、スウィンドンの経済状況について報じられていた。スウィンドンは「ゴーストタウン」になるだろう、今回の撤退はイギリス製造業全体に対する「ボディーブロー」だ......。

イギリスの雇用が記録的な高水準になっていることも、ほとんど注目を浴びていないとはいえ、きちんと報道されている。2018年の10-12月期では、労働人口は前年同期比で44万4000人増加した。給与はこの1年でインフレ分を調整しても3.4%上昇した。非常に不安定な「ゼロ時間契約(雇用者の呼び出しにその都度応じて勤務する労働契約)」で働く労働者の数も激減した(労働者全体の3%以下になった)。失業率も1975年以来で最低だ。

今の状況は、良いニュースよりも悪いニュースを極端に偏重するメディアの傾向を物語っているように思う。それに、多くの人が「ブレグジット大惨事」の筋書きに飛びつきたくて常にうずうずしていることを明確に示してもいる。

3500人の労働者が1つの町で一斉に職を失うことのほうが、イギリス各地で日々1216人が新たに職を得ているということよりも劇的に見える、というのも原因の1つだろう。

だが何より、イギリスでは長年語られていることがある。製造業はちゃんとした男のためのちゃんとした仕事であり、製造業部門で雇用が失われるのは悲劇である、と。

「世界の工場」の製造業偏重

僕の子供時代、サッチャー式の経済政策で非効率な産業分野からは何十万もの雇用が失われた。工場や炭鉱が至る所で閉鎖され、いつもそれが報道されていた。僕はこうした人々の仕事はシンプルに「失われた」のであり、代わりの仕事はないのだと思っていた。労働者が再訓練してもっと生産性の高い企業や産業部門で新たな職を得るなんてことは、思いつきもしなかった。石炭採掘が減ることなど惜しいとも思わなくなる日がいつかやってくるなんて、夢にも思わなかった。ちょうど現在、ディーゼル車が減ることは望ましい流れだと誰も言わないのと同じように、当時もそんなことを言う人はほとんどいなかった。

おそらく、産業革命がイギリスから始まった、という事実も何らかの関係があるのだろう。われわれは「世界の工場」であり、世界中を航海する船をわれわれは製造している、といった具合だ。物を作ることがわれわれの天命であり、それに逆らう動きは何であれ「変化」ではなく「衰退」の証しである、と信じるように歴史的DNAに刻まれているようだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story