コラム

移民の多い欧州の国々で増え続けるテロ事件...「防止」組織はテロを止められるのか

2025年03月01日(土)20時32分
2024年7月にイギリスのサウスポートで発生した刺殺事件の犠牲者を悼む花束

2024年7月の英サウスポートの刺殺事件の犯人も、テロ予防組織「プリベント」に事前に通報されていた(犠牲となった3人の子供を追悼する花束) PHIL NOBLE―REUTERS

<過激化してテロリストになる可能性がある人に共感的な導きで働きかけようとするイギリスの「プリベント」だが>

最近、イギリスでは「Prevent(プリベント)」が話題に上っている。

多くのイギリス人はまだこれが何なのか本当のところは理解していないし、日本にはこれに相当するものがないので、日本人はなおさら何のことだか分からないと思う。

それは、人々がテロリストになることを防止(プリベント)するために2015年に設立された、イギリスの政府組織だ。テロリストになる人は通常、「過激化の過程」をたどっているので、タイミングよく介入することでこれを防止するのに効果を発揮できるだろうとの考えに基づいている。

過激化は通常、ある程度の時間をかけて徐々に進み、しばしば問題を抱えた若者がはまってしまう。昔ながらの過激化のパターンは、ある人物、もしくはあるグループ(治安当局から監視されているグループの可能性もある)の影響を受けて起こっていたが、近年では自分の家にいながらたった一人で過激派のネットコンテンツを読んで過激化の道をたどる「ローンウルフ(一匹狼)」型がよく見られるようになった。

いずれにしても、過激化していく人は、過激な意見を言うようになったり暴力や武器に興味を持つようになったりといった初期の徴候を示す。当然ながら、これは家族や友人が一番気付きやすい。プリベントに連絡するのも家族や友人であることがとても多い。

とはいえ、若者たちと関わる学校やその他の機関は、何に注意して見守り、いつ介入すべきかを心得ている。

防げなかった2件の残虐事件

プリベントが今ニュースになっているのは、最近の2件の残虐事件で、プリベントがその役割を果たせなかったと見られているからだ。

昨年7月にイングランド北西部サウスポートで3人の子供を刺殺した17歳の少年は、以前にプリベントに通報されていたが、プリベントは彼のことを深刻に捉えていなかったようだ。彼は、テロリスト化すると思われる人物プロファイルには該当しなかった(おそらくジハード主義者というよりは「問題児」と捉えられたのだろう)。

だから今後は、プリベントがあまりに「万人対応型」すぎたのではないか、過激化の徴候がごく限定的な人物だってテロを起こす可能性があることを認識していなかったのではないか、という点について調査が進められるだろう。

この事件は異例なケースといえる。少年はテロ行為を望んだようだが、彼がイデオロギーを持っていたかは判然としない。

もう1つの事件は、2021年に下院議員のデービッド・エイメスが殺害された事件だ。彼を殺害したシリア難民もプリベントに通報されていたが、2、3回の面談しか行われず、緊急性なしと判断され、プリベントが彼の危険性を認識することはないまま殺害事件が起こってしまった。

もちろん、こうした経緯が明るみに出て人々が最初に抱く感想は、「なんだって? 周囲の人が助けを求めていたのに止められなかったの? 当局は知っていたのに何もしなかったということ? けしからんスキャンダルだ!」だろう。なんて恐ろしい事態だ、というわけだ。

でも反論するとすれば、数多くの人(年間およそ7000人)がプリベントに通報されており、限られたリソースでは全てのケースに最大限の緊急性と注意を向けて対応することなど不可能なのだ。家族から通報されるほどの危険人物が何千人も普通に生活しているなんて、さらに恐ろしい事態かもしれない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ポーランド、米と約20億ドル相当の防空協定を締結へ

ワールド

トランプ・メディア、「NYSEテキサス」上場を計画

ビジネス

独CPI、3月速報は+2.3% 伸び鈍化で追加利下

ワールド

ロシア、米との協力継続 週内の首脳電話会談の予定な
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    「関税ショック」で米経済にスタグフレーションの兆…
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story