コラム

アパホテル炎上事件は謝罪しなければ終わらない

2017年01月23日(月)19時32分

 ところが、だ。中国ナンバーワンの人気トーク番組「鏘鏘三人行」の準レギュラー格であり、中国では空港でも街中でも盗撮されるほどの著名人である私が怒りとともに意見を表明したのに、まったく話題にならなかった。それはなぜだろうか。

 答えは「日中関係の改善傾向が炎上につながった」というものだ。なぜ日中関係がよくなるとアパホテルが炎上するのか、中国独特の政治力学を知らないとさっぱり理解できないだろう。

 1年前の冬には日中関係は冷え込みきっていたため、これ以上の材料を提供すれば大衆の日本叩きが過熱すると当局は判断したのだ。一方で、回復基調にある現在ならば釘の一本でも刺しておくのはありだと炎上を認めたということ。そうでもなければ、共産党準機関紙に批判コラムが掲載されることはない。

【参考記事】日中間の危険な認識ギャップ

 中国の愛国主義は常に敵を必要としている。汚職政治家、反動分子、外国政府、外国企業と対象は常に移り変わるが、いつもなにかしらの敵を必要としているのだ。敵がいなければ国家の元に一致団結できないのが愛国主義の思想であり、そのため中国は常に敵を求めている。

週末に計画されていた中国人の抗議デモ

 ひとたび火がついた愛国主義の動きは、なんらかの落としどころがなければ鎮火しない。アパホテル側は時が過ぎれば忘れられると思っているかもしれないが、そんなことはない。

 実際、1月22日の日曜日には、都内のアパホテルに対する抗議デモが在日中国人の間で計画されていた。100人近くが含まれるSNS「微信(WeChat)」のグループで、デモをやろうということで盛り上がっていたのだが、結局、誰もリーダーをやりたくないからか責任の押し付け合いが始まった。当局の主導がなければ組織行動ができないという中国人の悪い癖が出て計画は頓挫したが、怒りの火は今も消えてはいない。

 2013年にアップルが中国で槍玉に挙げられたのを覚えているだろうか。CCTV(中国中央電視台)の特別番組で、iPhoneの修理サービスが取り上げられた。「他国では新品と交換してくれるのに、中国では裏蓋だけは古い機種のものが使われている。これは差別だ」という内容だ。アップルの対応は中国の法律に対応したもので差別とは言い切れなかったのだが、謝罪を拒むアップルに官制メディアは「比類なき傲慢さ」などの言葉で猛批判。中国ネット世論もバッシングに加わるなか、ついにアップルは謝罪した。

 中国の企業向け炎上対策マニュアルでは、愛国主義的バッシングを受けた時には速やかな謝罪が必要だと書かれている。さもなくばアップルのような世界的企業ですら大きな傷を負ってしまうのだ。アパホテルは中国では事業を展開していないため、中国人客が一時減っても大丈夫だと高をくくっているのかもしれないが、このまま盛り上がりが続くようだと、アパホテルの代わりに別の日本企業がやり玉にあげられてもおかしくはない。

 企業だけで済めばまだましだろう。2月に札幌市と帯広市で開かれるアジア大会の組織委員会が、札幌で選手の宿舎となるアパホテルに対して「スポーツ理念にのっとった対応を」と配慮を要請しているらしい。スポーツイベントにもマイナスの影響を与える事態となれば、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催にもつながっていく恐れすらある。

 不当な要求に謝罪させられるのはやりきれないが、今回に限ってはアパホテル側に非があることは明白だ。傷が浅いうちに事態沈静化へのアクションを起こすべきだろう。

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story