最新記事

日中関係

日中間の危険な認識ギャップ

2017年1月23日(月)18時55分
高原明生(東京大学大学院法学政治学研究科教授)※アステイオン85より転載

ronniechua-iStock.

<尖閣諸島問題から安倍首相の靖国参拝、天皇の生前退位問題まで、日本と中国の間には恐ろしいほどの認識ギャップがある。これらのギャップは果たしてどこから生じているのか>

 自慢ではないが、私は携帯電話を持っていない。いわゆる「不携帯」人である。だが、実は中国で使うためのスマホは持っている。中国出張には持参するようにしているのだが、最近二回連続して、前の晩に充電したまま自宅に置き忘れてしまった。それはどうでもいいのだが、時々、日本でもスイッチを入れて中国版ラインであるウィチャット(「微信」)を開いてみることがある。二年前の北京滞在中、日本通の中国人たちが中心になっているチャットグループに入れてもらったのだ。多くの人が次々と書き込みをする。メンバーには文化人が多いので、美術や中国史の話題なども豊富で、勉強になることが多い。

 ところが、そこでの最近の傾向として、安全保障に関連する日本の動向に敏感に反応する人が増えたという印象がある。先日、目に飛び込んできたのは、「鳳凰衛視一〇時からの番組、『軍情観察室』で日本の最新軍事動向に注目――日本が研究開発した新型ミサイルの威力と戦力はどれほど大きいか」という書き込みだった。中国では、軍事に関する番組が多い。NHKに相当する中央電視台には軍事と農業に特化したチャンネルまである。不思議な組み合わせではあるが。実は、書店でも軍事関係の本は多い。他の多くの国と比べて、社会の軍事化の程度が高いと言って間違いではないだろう。

 今後の日中関係を考える上で、非常に大きな問題になるのは彼我の認識ギャップにほかならない。言論NPOと中国国際出版集団が二〇一五年に行った日中共同世論調査によれば、日本が軍国主義だと思う中国人の割合は四六・〇%であった。ちなみに、その割合は前年に比べてほぼ一〇ポイントも増加した。恐らくは、第二次世界大戦終結七〇周年にちなみ、日中戦争をテーマとした番組や報道が多かったせいではないかと思われる。中国が軍国主義だと思う日本人の割合は三九・四%で、前年からは三・五ポイントの上昇だった。

 認識ギャップの例は色々とある。近年の日中関係の低迷について、多くの中国人は日本が態度を変えて中国側を挑発してきたため、やむをえず我々は反応しているのだと考えている。二〇一〇年の漁船衝突事件の際、日本は初めて国内法を適用して船長を逮捕し、起訴しようとした。また、二〇一二年には石原慎太郎都知事(当時)がアメリカで尖閣諸島を購入すると挑発し、石原と陰で結託した野田佳彦内閣はそれを国有化した。これは中国の主権に対するゆゆしき挑戦であり、挑発行為であった。安倍内閣の成立以降は、武器輸出の相手先を広げ、憲法解釈を変えて安保法制を国会で押し通した。このように日本は変わったのだから、我々は強く反応するしかないではないか。このような理解が、知識人も含め、広く共有されていると言ってそれほど間違っていないだろう。

【参考記事】土着の記憶を魂に響くリズムで

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

フジHD、純利益7割減 フジテレビ広告収入減で下方

ビジネス

武田薬、通期の営業益3440億円に上方修正 市場予

ビジネス

ドイツ銀行、第4四半期は予想以上の減益 コスト削減

ビジネス

キヤノン、メディカル事業で1651億円減損 前12
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 3
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? 専門家たちの見解
  • 4
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 7
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 8
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 9
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 9
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中