コラム

「ブレグジットのせいでイギリス衰退」論にだまされるな

2023年03月01日(水)13時30分
デモを行うEU残留派

EU残留派はコロナやウクライナ戦争の影響などそっちのけで、イギリスの苦境の原因は全てブレグジットにありと訴えている(写真は2022年10月、ロンドンで行われたEU再加盟を求める人々によるデモ) Toby Melville-REUTERS

<イギリスの現在の苦境を全てブレグジットのせいにする論調があるが、これは典型的な「EU残留派」のやり口だ>

最近、とあるジャーナリストがブレグジット(イギリスのEU離脱)の悲惨さを書いた記事がたまたま送られてきた。僕はその日のほとんど、この記事の数々のおかしなところを考え込んで過ごしてしまった。

そのうちいくつか、例えば今のイギリスよりも、ロシアの侵攻を受けているウクライナのほうがよほど仕事をしやすい環境だった、などといった奇妙な記述は独特のもので、他にも例えば、今のイギリスでは(サプライチェーンの問題で)ジャガイモも卵もひどく不足しているなどといった奇抜な新事実も書かれていた(僕はその日、住んでいる町の食料品店を5カ所回ってみたが、どこもたっぷり並んでいた)。

でも、それ以外の主張の多くは、典型的な「EU残留派・再加盟派の戦略集」そのまま。そこにはいつだって彼らが繰り出すお決まりの主張がある。

EU残留派のやり口その1、「ブレグジット後のイギリス」の暗黒面を描き出す。

僕が読んだこの記事では、筆者は自宅の暖房代を払いきれないから毛布にくるまりながら原稿を書いていると言い、町の中心部の店が次々閉店し、フードバンクには列ができていると言う。これらはけっこう誇張されているとはいえ深刻な問題かもしれないが、後ろ2つの問題はブレグジットのずっと前から存在していたことだ。

さらに言うまでもなく、エネルギー価格の急騰は明らかにウクライナ戦争のせいであり、世界規模で起こっていることだ(正確を期すために言えば、どうなったら筆者の言うように自宅の暖房を「数時間入れただけで10ポンド(約1580円)もする」ということになるのか、僕にはさっぱり分からない。断熱の行き届いていない僕の古い家の暖房費は真冬でも1日当たり4ポンドもしないのに。筆者が窓のない大邸宅にでも住んでいない限りあり得ない)。

その2、上記のエネルギー価格高騰の例が示すように、全ての問題をブレグジットのせいにする。

例を挙げれば、イギリスは概して高いインフレに苦しんでいる。でもこの記事のどこにも(あるいはEU残留派の戦略集のどこにも)、英経済には金融緩和で大量のカネが流れ込んでいることは指摘されていない。コロナ禍で大量の公的資金がばらまかれたことにも触れられていない。英中央銀行がゼロ金利政策をやめるのがあまりに遅すぎたことも述べていない。

この状態が何十年も過ぎ、低金利と低インフレが続くなか、警告は無視されてきた。だからインフレにはブレグジットよりはるかに明らかな理由がある。それでも説得力のある説は無視され、ブレグジットだけがやり玉に上げられる。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏消費者信頼感指数、11月はマイナス13.7

ワールド

ロシアのミサイル「ICBMでない」と西側当局者、情

ワールド

トルコ中銀、主要金利50%に据え置き 12月の利下

ワールド

レバノン、停戦案修正を要求 イスラエルの即時撤退と
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story