コラム

日馬富士暴行事件で見えた、日本の相撲ナショナリズム

2017年12月23日(土)14時45分

貴ノ岩への暴行事件で日馬富士は引退に追い込まれた Toru Hanai-REUTERS

<「国技」「神事」の美名に潜む排外主義の陰――南モンゴル出身の日本人が過熱報道に覚悟の物言い>

日本には今、相撲ナショナリズムの嵐が吹きすさんでいる。ナショナリズムは常に暴走の危険をはらむが、相撲ナショナリズムもまた対外と対内の両面で人々を苦しめている。

対外的にはここ数年、国技館で観衆から起こる「モンゴルに帰れ」という罵声だ。これは横綱3人をはじめ大勢のモンゴル出身力士への排除思想の表れで、ヘイトスピーチと言える。

もしアメリカの大リーグでイチローや他の日本人選手が「日本に帰れ」と怒号を浴びせられたら、日本の愛国主義者は「人種差別」と抗議するだろう。一方、「モンゴルに帰れ」というヤジに対し、正面から批判する識者を私はまだ知らない。

対内的にも、「日本人は強くならなければならない」「日本人の優勝が見たい」という重圧が力士を苦しめる。日本人横綱として久々に誕生した稀勢の里は、3月の春場所で13日目に負ったけがを我慢して強行出場。けがが悪化したが、モンゴル人大関の照ノ富士を破って優勝した。だが無理を重ねた結果、11月の九州場所でも10日目から休場し、4場所連続休場となった。

その休場が号砲であるかのように報道は土俵の取組よりも、九州場所開幕前に発覚した横綱・日馬富士の平幕・貴ノ岩に対するモンゴル人力士同士の暴行事件で過熱。11月29日に日馬富士は引退に追い込まれた。

モンゴル政界での対立

26日の千秋楽では、モンゴル人横綱の白鵬が前人未踏の40回目の優勝。「日馬富士関と貴ノ岩関とを再び土俵の上に上げてあげたい」と話し、ファンと共に万歳三唱した白鵬に激しい批判が寄せられた。

モンゴル人力士は何をしようとも語ろうとも、全てに非があると言わんばかり。そんな相撲ナショナリズムの嵐を前に、モンゴル人はかつての元寇のようにしっぽを巻くしかない。

日本人力士の優勝を夢見る相撲ナショナリストたちの暴走はあちこちに及んでいる。モンゴル出身で05年に日本国籍を取得した旭天鵬が12年に初優勝した際も、メディアは「今度は日本出身力士の優勝を」と期待を寄せた。日本国籍を得ただけでは「日本人」ではないと、暗に言わんとしている。こうした「純血主義」を求めるナショナリストは、日本人とフィリピン人との間に生まれた高安にも不満なようだ。

外国人力士に厳しいナショナリストはよく「国技」を持ち出す。しかし、1909年に明治政府が国技館を造る以前は興行としての性格が強かった。近代国民国家の成立に伴い、興行から「健康な国民を鍛え上げる体育」に変質。国民の統合を促すために政治化したにすぎない。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

FRBとECB利下げは今年3回、GDP下振れ ゴー

ワールド

ルペン氏に有罪判決、被選挙権停止で次期大統領選出馬

ビジネス

中国人民銀、アウトライトリバースレポで3月に800

ビジネス

独2月小売売上は予想超えも輸入価格が大幅上昇、消費
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 5
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 9
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story