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私たちの内に潜む「小さなプーチン」──古典『闇の奥』が予言する、2023年の未来とは
小説版の『闇の奥』は本来、ベルギーの植民地だった中央アフリカのコンゴを舞台とした中編で、植民地会社の凄腕官吏として同地を支配するクルツ(先の引用文に言う「彼」)という、異様な悪漢の相貌を描いている。
クルツは当初、植民地の経営は「文明化、進歩化、教化の中心でなければならぬ」 といった理想論を唱えて、利益優先の同僚たちに疎まれるほどの情熱家だった。しかし実務を執るうちに威圧と暴力のみに依存した、人間不信とニヒリズムに基づく統治に傾斜し、原住民を畏怖させる一方で法を逸脱してゆく。
実際に当時のコンゴでは、ベルギー王レオポルド2世の私有地という形態をとったこともあり、強制労働のノルマを達成しない住民の腕を切り落とすといった、同時代の他の植民地に比しても異常なジェノサイドが進行していた。殺害された人数は、20年間で数百万人以上ともされる。
さて、2022年のいま注目されるのは、コンラッドがこのクルツに心酔する助手として、ロシア人の若者を登場させていることだ。
コンラッドの一家は父親のポーランド民族主義のために、ロシア帝国の迫害を受け、両親はともに流刑先で没した。しかしコンラッドはこのロシア人助手──(おそらくはロシア正教の)首席司祭の息子を、むしろ危ういほど純朴な青年として描いている。
アフリカ分割競争の末尾に登場したベルギーのさらに後方に見える、欧州で「最も若い帝国主義国」としてのロシアの未来を、仮託した人物造形とみてよいだろう。
暴君と化したクルツはすでに病身で、会社による更迭が迫っていた。没落の危険を感じたロシア人助手は、主人公にクルツの「偉大さ」をひとしきり弁じた後で、行方をくらます。
いまロシアに君臨し、諸外国はおろか自国民すらも内心では信じず、もっぱら軍事的な強制によってウクライナの「植民地化」を目指すかにも見えるプーチンは、この助手のその後の姿にも見えてくる。
実はコッポラに先んじること40年前の1939年、オーソン・ウェルズが『闇の奥』の映画化を企画して果たせなかったとき、クルツに擬したのは同時代の独裁者ヒトラーだった。眼前の固有名詞(戦争や独裁者の名前)こそ変われども、不変の「本質」を伝えてくれる作品のことを、私たちは長らく「古典」と呼んできた。
私たちが生きる2020年代の、「旬の話題」ばかりが入れ替わってなにひとつ問題は解決しない軽薄さは、そうした現在の鑑としての古典との接し方を、私たちが見失ったことに起因する。
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