コラム

戦争、ジェンダー、環境、ポリコレ......「平成初期」に似てきた令和のゆくえ

2022年08月01日(月)08時12分
元号「平成」

1989年1月7日、小渕恵三官房長官が新元号「平成」を発表 Attribution 4.0 International (CC BY 4.0)

<かつて見たことのある、「懐かしい景色」が再び繰り返されている。令和にも化けて出た「平成の亡霊たち」とは?>

        


※8月1日刊行の『長い江戸時代のおわり 「まぐれあたりの平和」を失う日本の未来』(池田信夫氏と共著、ビジネス社)から、「まえがき」を一部改稿して掲載する。

始まってわずか3年強の令和が、終わったはずの平成に不思議と似てきている。

たとえば2022年の2月にウクライナ戦争が始まり、TV番組のゲストは国際政治学者など軍事・安全保障の専門家に埋め尽くされた。このとき、久しぶりに①1991年の湾岸戦争(原因となるイラクのクウェート侵攻は前年)を思い出した人も、年長者にはそれなりの数いたのではないかと思う。

今年と同様に平成の頭にも、海外での侵略戦争の発生に際して「日本の平和主義は本当に今のままでよいのか」が問われていた。

もう少し長い視野をとると、実は平成末から令和にかけて社会で生じた変化の多くも、昭和から平成への移行期に一度起きたことの「繰り返し」になっていることに気づく。

昭和天皇の死去にともない元号が平成に改まったのは1989年の1月だったが、②2月に死去した手塚治虫の遺著である『ガラスの地球を救え』は4月に刊行され、エコロジーのブームを起こした。

一方で令和の2年目にあたる2020年にも、気候変動の観点から資本主義を批判する斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』がベストセラーになっている。

あるいは平成末期に #MeToo のハッシュタグを使ったSNSでのセクハラ告発運動が起こり(起源にあたる米国では主に2017年以降)、令和にかけて第四波と呼ばれるフェミニズムのブームが生じた。

実は③1989年、平成最初の新語・流行語大賞を受賞したのも「セクシャル・ハラスメント」だった。やや遅れて91年にはアメリカでも、最高裁判事候補の男性をかつての部下が告発したアニタ・ヒル事件が広く報じられ、「セクハラ」の概念は世界の日常に定着してゆく。

ポリティカル・コレクトネス(政治的な正しさ)の追求による、歴史像の全面的な見直しも共通する現象である。④1992年はコロンブスのアメリカ上陸500周年だったが、この時は「先住民に対する侵略者を顕彰してよいのか」との批判が上がり、論争を呼んだ。

近年では2020年に昂揚したブラック・ライブズ・マター(BLM:黒人の人権擁護)の運動が、白人を中心として描かれてきた既存の米国史像にもノーを突きつけ、アメリカ国内で文化戦争に発展している。

これらの①~④の現象がいま繰り返されていることの背景には、なにがあるのだろうか。それは、「これだけは絶対に正しい」と信じられてきた思想や社会通念の崩壊である。

言うまでもなく日本で平成が始まった1989年は、国際的にみると東欧諸国の自由化にともない「冷戦が終わった」年だった(ソ連の崩壊はやや遅れて91年)。これにより冷戦下で西側の知識人や学生層にも大きな影響を与えてきた、マルクス主義の権威は失墜する。

プロフィール

與那覇 潤

(よなは・じゅん)
評論家。1979年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科で博士号取得後、2007~17年まで地方公立大学准教授。当時の専門は日本近現代史で、講義録に『中国化する日本』『日本人はなぜ存在するか』。病気と離職の体験を基にした著書に『知性は死なない』『心を病んだらいけないの?』(共著、第19回小林秀雄賞)。直近の同時代史を描く2021年刊の『平成史』を最後に、歴史学者の呼称を放棄した。2022年5月14日に最新刊『過剰可視化社会』(PHP新書)を上梓。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ大統領、イラン最高指導者との会談に前向き 

ワールド

EXCLUSIVE-ウクライナ和平案、米と欧州に溝

ビジネス

豊田織機が株式非公開化を検討、創業家が買収提案も=

ワールド

クリミアは「ロシアにとどまる」、トランプ氏が米誌に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 3
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは?【最新研究】
  • 4
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 8
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 9
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story