コラム

地球滅亡の危機に引き裂かれるロメオとジュリエット

2017年06月01日(木)10時30分

物語の舞台は温暖化で危機に瀕した未来の地球 releon8211-iStock.

<今年の米SFネビュラ賞を受賞したのは、トランスジェンダーでレズビアンという異色のマイノリティ作家。地球温暖化で危機に瀕した人類の価値観の対立を描く>

ネビュラ賞とヒューゴー賞は、アメリカのSFジャンルを代表する文学賞だ。

ネビュラ賞はアメリカSFファンタジー作家協会の会員、ヒューゴー賞はワールドコン(世界SF大会)に登録したファンが投票で選ぶ。2つの賞で共に最終候補になった作品は、プロとアマチュアの両方が完成度と面白さを認めたことになる。

先日、2017年のネビュラ賞(長篇部門)を受賞した『All the Birds in the Sky』は、ヒューゴー賞の最終候補にもなっており、ダブル受賞するかどうかが注目されている(ヒューゴー賞の発表は8月)。

2017年のネビュラ賞長篇部門の最終候補は次の5作品だった。

・『All the Birds in the Sky』Charlie Jane Anders
・『Borderline』(Sagaシリーズ)Mishell Baker
・『The Obelisk Gate』N.K. Jemisin
・『Ninefox Gambit』Yoon Ha Lee
・『Everfair』Nisi Shawl

SF分野では、かつて女性作家は非常にまれだった。ネビュラ賞とヒューゴー賞を受賞したイギリス生まれの女性作家ジョー・ウォルトンは筆者と同年代だが、数年前に取材したとき、「女性のSF作家の作品を出版してくれる出版社はあまりなかった」と苦労を語ってくれた。また、白人以外のマイノリティが賞を受賞することもほとんどなかった。

ところが、今年の最終候補作家には、かつてのマジョリティだった白人男性が1人もいない。5人の候補のうち3人は人種的マイノリティ(黒人とアジア人)で、4人は女性だ。アメリカのSF業界の変化を感じさせる候補リストだが、近年アメリカのSF業界を揺るがしたカルチャー戦争に対する意思表明のようなものも感じる。

【参考記事】エイリアンとの対話を描く『メッセージ』は、美しく複雑な傑作

ネビュラ賞受賞者のCharlie Jane Andersは白人だが、ある意味ほかの候補よりもユニークなマイノリティだ。彼女は、トランスジェンダーでしかもレズビアンであることを公表している。また、アメリカのSFやゲーム界には男尊女卑の雰囲気があり、それがよく問題になっている。しかし、Andersは長年のパートナーであるAnnalee Newitzと一緒に女性二人でSFとファンタジー専門ブログ「io9」を共同創設し、人気サイトに育て上げた。

ネビュラ賞受賞作の『All the Birds in the Sky』は、ファンタジーからディストピアSFに豹変する不思議な作品だが、こんな経歴を持つ作者だからこそ書くことができたのかもしれない。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国の尹政権、補正予算を来年初めに検討 消費・成長

ビジネス

トランプ氏の関税・減税政策、評価は詳細判明後=IM

ビジネス

中国アリババ、国内外EC事業を単一部門に統合 競争

ビジネス

嶋田元経産次官、ラピダスの特別参与就任は事実=武藤
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story