コラム

自分が「聞き上手」と思っている人ほど、他人の話を聞いていない

2021年08月10日(火)20時15分

自分が話し上手で聞き上手だと思い込んでいる人は、たいてい客観的な自己分析ができていない PrathanChorruangsak/iStock.

<他人の話に頷いたり、相槌を打ったりしていても、話の内容には上の空で自分が次に言うことを考えている>

アメリカ人は日本人よりも公の場で話すのが好きだ。どんな職業であっても公の場でしっかりとしたプレゼンテーションができなければ能力が低いとみなされる。セルフブランディングと自分をうまくPRするトークができなければ就職も難しい。

「話す能力」を重視する社会だから、幼稚園の頃から皆の前で話をするトレーニングをされる。内向型の人にとっては悪夢のような社会とも言えるかもしれない。こういう社会的背景があるアメリカだからこそ、自分をアピールする「話し上手」よりも相手から多くのものを得られる「聞き上手」になるほうがいいというケイト・マーフィの『You're Not Listening』の提案は新鮮である。

ここまで読んで「そんなことは以前から知っている。私は聞き上手だ」と思う人はいるだろう。だが、そういうことを思う人のほうが実は全然聞き上手ではないことが多い。それについても作者のマーフィは触れているのだが、その部分を読んでいて思い当たる経験が多すぎて苦笑してしまった。

自分が話し上手で聞き上手だと思い込んでいる人は、たいてい客観的な自己分析ができていない。他人の話に頷いたり、相槌を打ったりしているが、話の内容には上の空で自分が次に発言する内容を考えている。あるいは、相手が言いたいことを理解して助けるつもりで、最後まで聞かずに割り込んで話を終える。また、初対面の相手に「職業は? 結婚はしているの?」といきなり尋ねる人がよくいるが、それは聞き上手ではなく「尋問」である。

「聞く」ための高度な技術

周囲から「聞き上手」だとみなされている人は、相手の心情に入り込み、その人が自分でも話すつもりではなかったことまで話させてしまう。10章に出てくるNPRという公共ラジオ局の人気インタビュー番組「フレッシュエアー」の司会者テリー・グロスがその良い例だ。

私が車を運転するときに聞くのがNPRなので、テリー・グロスの「聞き出す能力」にいつも憧れていた。あまりにもするすると相手の話を引き出すので生まれつき聞く能力があるように思わせてしまうが、この背後には相当な努力があるのだろうとも思っていた。しかし、番組を製作しているチームそのものが良い話を聞き出して最高の作品を作る努力をしていることまでは想像しなかった。このように「聞く」というのは高度の技術を要するものなのだ。

この本の著者マーフィはニューヨーク・タイムズ紙やエコノミスト誌などに記事を載せてきたジャーナリストである。取材にも慣れているし、一般人よりも「聞き上手」であることは確かだ。けれども、自分が完璧ではないことは自覚している。「聞き上手」になればなるほど、自分がまだまだ聞き上手ではないということを知っている。だから、聞く努力を忘れない。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

EU、自動車業界の圧力でエンジン車禁止を緩和へ

ワールド

中国、EU産豚肉関税を引き下げ 1年半の調査期間経

ビジネス

英失業率、8─10月は5.1%へ上昇 賃金の伸び鈍

ビジネス

ユーロ圏総合PMI、12月速報値は51.9 3カ月
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連疾患に挑む新アプローチ
  • 4
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 5
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    アダルトコンテンツ制作の疑い...英女性がインドネシ…
  • 9
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 10
    FRBパウエル議長が格差拡大に警鐘..米国で鮮明になる…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 7
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 8
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 9
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story