バグダードのテロ再び──テロ犠牲者の遺恨を体現した「フランケンシュタイン」は再来するか?
2016年7月に自爆テロを受けたバグダッド北方の警備チェックポイント Khalid Al Mousily-REUTERS
<バイデン米大統領の就任を受け、米軍撤退後のイラクを再び混乱に陥れようとISが動き始めた>
1月21日、イラクの首都バグダードの中心街で大規模な爆破事件が起きた。翌日にはISが犯行声明を出したが、イラク国内でISによるものと思われるテロ事件はバグダード以外では1年半前(2019年8月、キルクーク)、バグダードでは3年前の2018年1月以来である。トランプ前政権が、イラク駐留米軍の数をこれまでの3万人から2500人に減少させるとした期限の1月15日から1週間後、バイデン大統領の就任式の翌日というタイミングを考えると、米軍撤退後のイラクを再び混乱に陥らせようというISの思惑が透けてみえよう。
興味深いのは、爆発現場となった場所である。3年前、当時のアバーディ・イラク首相がIS掃討作戦を「勝利」で終えたと宣言した一か月後に、バグダード市内で38人の死者を出したのも、同じ場所、タイヤラーン広場だった。3年前だけではない。タイヤラーン広場は、イラク戦争以降頻繁に爆破事件の現場になってきた。大きなものでは、2007年5月に停留所近くで起きたミニ・バス爆破で24人が死亡した事件、同年12月にペットショップ近くで起きた爆発で買い物客など14人が死亡した事件などがある。それ以外にも、2005年頃から市場や職を求める求職者の列、巡回中の警官などがターゲットになっている。
なによりも、タイヤラーン広場を世界的に有名にしたのは、アラブ文学のブッカー賞ともいわれるアラブ国際小説賞を2014年に受賞した『バグダードのフランケンシュタイン』(アフマド・サアダーウィ著)だ。本書冒頭で、タイヤラーン広場でのバス爆発事件が衝撃的な形で描写されるが、おそらく2005年9月に6人の死者を出した自爆テロ事件のことだろう。
この小説は、テロで生まれた死者の体のパーツをつなぎ合わせて作られた「名無しさん=バグダードのフランケンシュタイン」が、死者のさまざまな遺恨を体現して「報復」してまわる、というストーリーを軸に、当時の混沌としたバグダードの「普通の人々」の生き様を描いたものだ。タイヤラーン広場とそこから南に広がるバッターウィーン地区という、伝統的なバグダードの商業中心街が小説の舞台だが(旧地名なので現在の行政地図には載っていない。1961年のバグダードの交通地図はこちら)、さまざまな宗派、宗教、民族、地方出身者が交じり合うこの地区は、まさに多民族・多宗派からなるイラクという国のありかた自体を象徴している。
外国資本の象徴として、何度もテロ攻撃の対象に
タイヤラーン(「航空」の意味)という言葉からわかるように、かつてこの広場の近くには航空関係者の協会があった。空軍にせよ民間航空業界にせよ、60~70年代は最先端の花形産業の担い手が集う場所だったわけだ。タイヤラーン広場から西、チグリス川に500メートルほど寄ったところにタハリール広場があるが、タハリール広場から南に下がるサアドゥーン通りは昔ながらの目抜き通りで、筆者が住んでいた80年代後半には、航空会社の本社ビルや銀行、デパートなどが立ち並んでいた。高級感では「銀座」とまではいかないが、新橋、有楽町あたりの伝統的なビジネス街として活気を保っていた(もっとも、「新宿」や「渋谷」にあたる若者向け・上流向けの地区としては、チグリス川西岸側のマンスールが繁栄しているが)。
このサアドゥーン通りと並行するニダール通りの間、南はフィルドゥース広場までの地区が、バッターウィーンである。フィルドゥース広場は、2003年、米軍がイラクに進軍するなかで、サッダーム・フセインの銅像を引き倒してバグダード制圧の象徴にした、その銅像があった場所である。40年近く前からメリディアン(現地名パレスチナ)・ホテル、シェラトン(イシュタール)・ホテルという二大外資系ホテルが広場西側にそそり立ち、広場から東に歩いて4分のところにノヴォテル・ホテルがあった。
2003年以降、フセイン政権時代の繁栄、外国資本の象徴として、広場周辺は何度もテロ攻撃の対象となってきた。サアダーウィが描く「名無しさん」が体現するさまざまな死者の遺恨の継ぎ合わせは、この地域では、フセイン政権時代への遺恨と、フセイン政権が倒れて栄華を失ったことへの遺恨、そして外国軍の介入に対する遺恨によって成り立っている(サアダーウィ氏への筆者のインタビューをぜひご覧ください)。
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