コラム

ソ連の行く末を言い当てた「未来学」...今こそ知るべき4人の権威が見通していたこと

2022年07月14日(木)17時26分

ハーマン・カーン(Herman Kahn)

1960年に上梓したデビュー作の『熱核戦争』(原題:On Thermonuclear War)というタイトルが象徴する通り、ハーマン・カーン(1922~1983年)による未来学・未来研究の手法は当初、米ソ冷戦の影響を色濃く反映していた。第二次世界大戦以降、軍事の技術革新は戦前とは比べ物にならないほど加速すると予見し、そのスピードを見誤ってはいけないと主張した。平和をめぐる核のあり方を論じた本書は物議を醸し、批判的な見方も相当程度あった。

カーンはその後、軍事的な視点に基づく未来の予測、分析を、徐々にビジネスに応用するようになり、未来学・未来研究を体系化していった。デルファイ法やシナリオプランニング、バックキャスティングといった、現代未来学の基礎的なメソドロジーの素地を築くことに大きく貢献した。

特に、1967年に著した『紀元二〇〇〇年』(原題:The Year 2000)は欧米を中心に世界的な未来学ブームに火をつけるきっかけとなった。カーンは未来学・未来研究の手法をビジネスに取り入れ、一般化させた立役者の一人と言える。

ピーター・シュワルツ(Peter Schwartz)

「未来学×ビジネス」の文脈で多大なる功績を残した人物としては、英蘭ロイヤル・ダッチ・シェル(現シェル)で未来研究部門を主導したピーター・シュワルツ(1946年~)の名が挙がる。

1980年代に描いた、ソ連崩壊を見越した資源戦略シナリオの先見性は、後世に長く語り継がれることとなる。第四次まで続いた中東戦争など争いが絶えない中東地域以外から、安定して安価に石油・天然ガスを仕入れる道筋を、ソ連の域内情勢の変化を踏まえて示した。

当初、シュワルツのシナリオは「ソ連という共同体をまるでわかっていない」と方々から酷評された。しかし「結果を御覧じろ」とはまさにこのことで、シェルはソ連崩壊を前提としたシュワルツの戦略シナリオに助けられ、後の石油ビジネスで優位に立つことができた。

シュワルツ以外の多くの専門家も、ソ連崩壊の可能性は認識していた。しかし、可能性が低いとして十分な備えや提言をしてこなかった。一方、シュワルツは崩壊の可能性を過小評価せず、シナリオを描いて対策を講じていた。シュワルツとシェルの勝因はそこにある。

そして未来学の要諦もそこにある。つまり、いかなるシナリオも無数にある「起こり得る」未来(futures)の一つとして軽視、排除せず、「備える」視点だ。

「経営の神様」と崇められるピーター・ドラッカーとも親交のあったシュワルツ。後にシェルから独立し、未来研究にますます傾倒していくこととなる。未来のビジネス環境を予測する第一人者としてその地位を不動のものにした。

プロフィール

南 龍太

共同通信社経済部記者などを経て渡米。未来を学問する"未来学"(Futurology/Futures Studies)の普及に取り組み、2019年から国際NGO世界未来学連盟(WFSF・本部パリ)アソシエイト。2020年にWFSF日本支部創設、現・日本未来学会理事。主著に『未来学』(白水社)、『生成AIの常識』(ソシム)『AI・5G・IC業界大研究』(いずれも産学社)など、訳書に『Futures Thinking Playbook』(Amazon Services International, Inc.)。東京外国語大学卒。

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