コラム

歴史を軽視した革命思想から解き放たれ、初体験は55の夏

2016年07月20日(水)16時23分

テレサ・テンを流しながら女性と...

 文化大革命、革命歌劇、文芸戦士......と言葉ばかりはいかついが、この劇団で過ごした6年間では青春を謳歌した。当時、中国を牛耳っていた四人組の江青が大のバレエ好きだったこともあって、歌舞劇団での待遇は恵まれていた。文革で信仰が禁じられた「関帝廟」(関羽を祀る寺院)が私たちの練習場だ。さらに公園の中という緑豊かな空間に宿舎まで用意された。当時、中国では食糧配給制が実施されていたが、15歳にして月43キロもの穀物配給券が支給された。余った配給券はヤミで転売し、帰省の汽車賃にあてたことを覚えている。

lee160720-1.jpg

練習場だった関帝廟(写真提供:筆者)

 若者らしい恋の話もある。イケメン・バレエダンサーである私はずいぶんとモテたが、その話をばらすと妻から嫉妬されてしまいそうだ。ここでは団員Lくんのエピソードを紹介しよう。意中の女性とどうにか結ばれたいと考えたLくんだが、問題は場所。当時の中国にはラブホテルなどなく、寮も大部屋なのだ。それでも同僚がいないすきを見計らってどうにか女性を自室に招いた。用意したのは給料2カ月分をはたいて購入したサンヨーのラジカセとテレサ・テンのカセットテープだ。音がもれないよう2人で布団をひっかぶり、テレサ・テンを流しながら、不器用に服を脱がし始めた......。というところで、歌舞劇団のお偉いさんがやってきてお説教。どうやら同部屋の同僚が告げ口したらしい。まだ建て前上は婚前交渉が許されない時代だ。こっぴどく叱られたのだった。

 文化大革命というと、総括や吊し上げ、暴力といったイメージが強いが、人間の生と性は完全に抑圧できるものではない。人々はささやかな楽しみを見つけて暮らしていた。

歴史ある寺院で繰り返した失礼なこと

 7月1日の建団記念式典には多くの元団員が集まった。あのLくんと彼女もいた。結局、お偉いさんに見つかった2人は仲を引き裂かれたのだが、久々に再会すると女性はカラオケでテレサ・テンを唱っているではないか。焼けぼっくりに火が着かなければいいのだが。

 多くの仲間たちと旧交を温め楽しい時間を過ごした私だが、心の中に何かもやもやしたものがわきあがってくるのを感じた。それが何なのか、はっきりと痛感したのはかつての練習場だった関帝廟を訪れた時のことだった。バレエバー代わりに廟の欄干に足をかけ、膝を伸ばす練習のポーズを取った。当時は何も考えることなく土足でやっていたが、今はとてもそんなことはできない。失礼のないようにと靴を脱いだが、それでも罪悪感はぬぐい去れなかった。歴史ある寺院でこんな失礼なことを毎日繰り返していたのだ、なんということをしていたのだろうという後悔の念が去来した。

lee160720-2.jpg

関帝廟にて(写真提供:筆者)

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story