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アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台頭で権利後退

2025年02月22日(土)08時31分

 2月17日、ドイツの多くの性的少数者(LGBTQプラス)にとって、23日に行われる連邦議会(下院)選挙はもはや新たな権利を勝ち取る機会ではない。写真はキリスト教民主同盟(CDU)のメルツ党首による移民政策やドイツのための選択肢(AfD)に対する抗議活動の参加者。ベルリンで2日撮影(2025年 ロイター/Christian Mang)

Enrique Anarte

[ベルリン 17日 トムソン・ロイター財団] - ドイツの多くの性的少数者(LGBTQプラス)にとって、23日に行われる連邦議会(下院)選挙はもはや新たな権利を勝ち取る機会ではない。今は最善のシナリオでも、苦心の末ようやく手に入れた成果を何とか守り、生活環境の悪化を防げれば御の字だ。

「政治家たちは発効して3カ月しか経過していない『自己決定法』の撤回に言及している。何とばかげたことだ」と憤るヨヨ・ルートヴィヒさん(26)は昨年、この法律に基づいて自身が男性でも女性でもない「ノンバイナリー」と認定されたばかりだ。

ドイツでは同法のおかげで、性別変更は地元の登録機関への申告だけで可能になった。これに従ってルートヴィヒさんを含む何千人ものトランスジェンダーが、既に性別変更を終えるか、変更の申請を申し入れている。

それまで性別変更手続きには何年も待たされ、多額の出費を強いられた上に、性的関心や下着の好みまで医師の質問をしつこく受けなければならなかった。

ルートヴィヒさんはトムソン・ロイター財団の電話取材で「自己決定法は私に多大な希望をくれた。ついに私は本当の自分として生きることができるし、私のアイデンティティーに関する書類もそう言っている」と語った。

ところが彼らの間で、23日の選挙が全てを台無しにし、性的少数者たちは新たな抑圧と偏見の時代に放り込まれるのではないかとの恐れが出てきている。

実際、トムソン・ロイター財団が取材した多くのゲイやトランスジェンダーの活動家からは、ドイツの次期政権が性的少数者たちの権利について従来と正反対の姿勢に立つことへの不安が聞かれた。

各種世論調査で支持率が29─30%と最も高いのは保守会派のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)で、次が極右のドイツのための選択肢(AfD)の約20─21%。この通りの選挙結果になれば、史上初めて下院で極右が第2勢力へ躍進する。

CDU党首で次期首相が最有力視されるフリードリヒ・メルツ氏は繰り返し、極右との連立政権を否定している。しかし同氏は最近、移民規制法を議会で通過させるために極右の力を借りることは排除しない考えを示した。

複数の活動家は、そのような協力関係は危険な道を開くことになり、悪影響は単に性的少数者の領域だけにとどまらない可能性があると警告している。

性的少数者支援団体LSVD幹部のアンドレ・レーマン氏は「ドイツの性的少数者のみならず、多くの国民と民主主義全体にとっての脅威だ」と訴えた。

<岐路に立つ政治>

AfDが擁立する首相候補はレズビアンであることを公表しているにもかかわらず、同党は議会で性的少数者の権利拡大に対して声高に反対を唱えてきた。2017年には同性婚や同性カップルが養子縁組する権利を撤回する法案まで提出している。

今回の選挙でAfDが掲げた公約には、子どもたちを「トランスに関する狂信や早期の性別決定、ジェンダー思想」から守ることや、思春期ブロッカー(子どもの性的な発達を抑える薬)投与やホルモン治療といったトランスジェンダーを肯定する各種措置の禁止などが盛り込まれた。

AfDは自己決定法の廃止、子どもや若者たちへ一方的な思想を受け付ける教育への予算削減なども要望している。

これらの要求は、予想されるAfD単独の獲得議席数で法制化できる公算は乏しい。それでも移民規制における協力関係を踏まえれば、CDUがAfDと手を組み、いくつかの州で既に実施されている性的少数者の権利を制限する新たな法令を、連邦レベルで実現させようとするのではないかと懸念する向きは多い。

自己決定法の廃止や、子どものトランスジェンダーを是認する医療措置の制限など、AfDとCDUの間では多くの共通する要求が存在する。

マンハイム大学で性的少数者に関する政治を研究するコンスタンティン・ブルトマン氏は「ドイツの政治は岐路に立っている。一部の政党は現状を凍結して以前のようにしようとしているばかりか、各権利を奪い去ることを狙っている。私の視点では、性的少数者のコミュニティーもそれ以外の国民も、今何が起きていて、この選挙でどのような結果が生じるのか理解しているようには見えない」と述べた。

<時間切れ>

今回の選挙でドイツの政治が右傾化するのに伴い、多くの性的少数者らはどの権利を失うかどうか以外に、これまで提案された改革のうち何が先送りされるかという問題にも直面する。

21年に発足した社会民主党(SPD)、緑の党、自由民主党(FDP)の連立政権は、コンバージョン・セラピー(性的指向の変更を促す心理療法)の全面禁止や、憲法に差別反対の取り組みを保障する規定を盛り込むこと、レズビアンのカップルに親権を付与することなどを約束してきた。

連立政権は自己決定法の議会可決にこぎ着け、ゲイやバイセクシャルの男性の献血禁止も撤回したが、強制不妊手術の被害者に対する賠償を含めた他の約束については実行する時間がなくなりつつある。

ドイツの啓発団体、連邦トランスジェンダー協会(BvT)によると、法的に性別を変更するために不妊手術を受けざるを得なかった人は、11年にその義務が撤廃されるまでに少なくとも1万人に達したとみられる。

その中の1人だったキャスリン・ラメローさん(61)は20年余りにわたって補償を要求してきたが「(今は)怒りと諦めが入り交じった気持ちだ」と打ち明けた。

現政権は補償を約束しているものの、選挙前に法案を提出することはできなかった。活動家らの見方では、結局これらの約束が果たされないままになりそうだ。

選挙後にCDUがSPDないし緑の党と連立を組むとしても、両党が掲げている性的少数者の権利拡大には反対する姿勢だ。

ただ、選挙結果がどうなっても、あるいは政治家たちがどんな脅しを持ち出しても、ルートヴィヒさんやらメローサンにとっては、CDUとAfDの協力に異議を唱える最近の抗議行動の大きさを通じて一般国民の支援を実感できることが今後の希望になっている。

ラメローさんは自宅付近で行われたデモを振り借り「何千人もが街頭でCDUとAfDの協力に反対する姿勢を示してくれた」と語る。

ルートヴィヒさんは「われわれがいる場所には常に、より多くの人々が存在してくれる」と強調した。

ロイター
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