コラム

「暖房か食事か」インフレ下の極限の貧困は......本当の話?

2022年12月22日(木)10時55分
クリスマス前で賑わう街

困窮が伝えられるが街はクリスマス前で大賑わい(12月4日、ロンドン) Henry Nicholls-REUTERS

<エネルギー価格急騰の冬を迎えたイギリスで、生活に困窮する人々の話があふれているが、平均的なイギリス人の多くはそんな貧困話に半信半疑で無関心>

イギリスで今、頻繁に聞いたり見たりする言葉は「heat or eat(暖房を取るか、食べるのを取るか)」だ。時には最後にクエスチョンマークが付けられる──「どちらも賄うのは無理だから......どちらを優先する?」を意味するからだ。あるいは、クエスチョンマークが付かない場合もあり、こちらのほうが「現実」に近い感じになる──「まともに食べるか家を暖房するか、選ばなければならない」。

メディアには、暖房費を払うために人々が「食事を抜いている」ことに関して多くの記事があふれている。あるいは、家じゅうを暖房するお金はないから一日中羽毛布団を被っている、といった記事が。時には、生活が苦しくて「ペットフード」を食べている、というような記事もある。

この手の話題はここ数年、冬が来るたびに聞こえていたが、燃料費が激しく値上がりした今年は明らかに特別だ(わが家の電気代はキロワット時あたりで3年前の3倍になっている)。さらに食料品の値段も急激に上がり、特にこれまでとても安価だった日常的食品の値上がりが著しい。ほんのちょっとした例だが、キュウリ1本の値段は2~3年前の2倍だ。

だから、生活費が急激にかさんでそれが家計を圧迫していることは間違いない。それでも僕がはっきり指摘しておきたいのは、上記の話題全てが「とてもじゃないが信じられない」と感じているのは僕だけではない、ということだ(真実ではないと考えている、というのとはちょっと違う)。

僕は周りの友人や親戚に聞いて回ってみたが、あまりに貧しくて豆の缶詰とトーストの質素な食事にさえ手が出ず、少なくともリビング1部屋くらいしか暖房する余裕がない......といった人にはまるで思い当たらない、と彼らはみんな口をそろえた。決して思いやりがないわけではないが、「どうしたらそこまで貧しくなれるんだ?」と彼らは言う。困惑さえしているようだった。「ビクトリア朝時代じゃないんだからさ......」。彼らの反応を見る限り、他人の窮状に無頓着なのは僕だけではないらしいから、僕はひと安心した。

肌感覚としては感じられず

今はクリスマス直前で、あらゆる店がプレゼントを買う人々であふれている(ほとんどがリサイクルショップかごみ箱行きになりそうな、ぼったくり価格の安っぽい商品だけど)。クリスマスの装飾やライト、クリスマスツリーやアドベントカレンダー、クラッカーやクリスマスフード。今のところ、「今年数回着たら終わり」という感じの、皮肉なほどけばけばしいクリスマスセーターがかなり人気だ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

相互関税は即時発効、トランプ氏が2日発表後=ホワイ

ワールド

バンス氏、「融和」示すイタリア訪問を計画 2月下旬

ワールド

米・エジプト首脳が電話会談、ガザ問題など協議

ワールド

米、中国軍事演習を批判 台湾海峡の一方的な現状変更
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 6
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    トランプが再定義するアメリカの役割...米中ロ「三極…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story