コラム

ワクチン快進撃はイギリスではあくまで例外

2021年03月16日(火)16時30分

もう1つ問題だったのは、財産権に関するイギリス人の伝統的な考え方だ。各家庭にスマートメーター導入が義務化されると聞いて、多くの人は抵抗感を覚えた。結局、政府が譲歩して義務化は取りやめになったが、そうすると今度は何百万もの人々はメーターなんて欲しくもないし必要でもないと判断して、設置を見送った。だから導入を促すため政府は巨額の宣伝費を投入し、しまいには「ガズ」と「レッキー」なる残念な「ゆるキャラ」まで登場した。

進捗が思わしくないにも関わらず、2020年末までに全ての家庭にスマートメーターを導入するという野心的な目標は維持された。時間がたつほどにこの目標のお粗末さは際立つばかり。期限まであと約18カ月という時点で、目標達成には過去3年で導入されたメーターよりも多くの数を次の1年で設置しなければいけないというありさまだった。だが、この時点で残っている未設置の家庭は、メーターの導入に反対か、無関心か、取り付くシマもない世帯だったので、導入ペースは落ちていったのだった。

コロナ禍のはるか以前から、目標達成が不可能なのは明らかだった。かくして期限は4年間延長され、費用負担も膨らんでいった。現時点で予想されている最終的な費用は130億ポンドだ。(経済対策に巨額予算が計上される)コロナ時代にはたいしたことない額のように聞こえるかもしれないが、導入済みメーター1つ当たり370ポンドかかっている計算になり、このメーターでほんのわずかな節約にしかならないことを考えれば、とてもじゃないが割に合わない。

「アップグレードの時期ですよ」

個人的に腹立たしく思うのは、事業者が義務だと匂わせて各家庭にメーター導入を無理強いしていたことだ。彼らの口説き文句は「アップグレードの時期ですよ」。これで多くの高齢者が作業員を家に入れざるを得なくなり、たいして欲しくもないメーターを取り付けるという不便を味わった。責任の一端は政府にもある。各事業者にメーター設置数の下限目標を課し、未達の場合は罰金を科していたからだ。

だが、この話で何よりタチが悪いのは、こうしたスマートメーターの多くが、設置した会社の電気・ガスにしか機能しないことだ。電気・ガス会社を乗り換えると、メーターは稼働しなくなる。お得な契約になるよう常時積極的に乗り換えを、と政府が促しているだけに、これは極めて皮肉な話だ。

最新式メーターならこうした問題は起こらない、と言われ始めてから少なくとも3年がたつが、僕が昨日読んだニュースでは、在庫をさばくために各社は今も旧型のメーターを取り付けようとしているらしい。

こうした行為さえ「成功」にカウントされるのが、「目標」至上主義の言わずと知れた問題点だ――何しろ、やればやるほど設置目標数に近づけることができるのだから――それによって、消費者が不自由を被っているという明白な事実にも関わらず。

最悪な経緯をたどったこの例を思い出すほどに、「ワクチンプログラムは、いったいどうしてうまくいったのだろう」と、僕は驚嘆せずにはいられない。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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