コラム

特権エリートに英国民が翻した反旗、イギリス人として投票直後に考えたこと

2016年06月28日(火)15時45分

Neil Hall-REUTERS

<EU残留派、離脱派の双方の意見は大きく食い違っていた。離脱派はロンドンのエリート層に対して怒りをおぼえ、彼らに指示されるのはお断りだと考えていた>

 イギリスのデービッド・キャメロン首相が2013年に、次回総選挙で自身の率いる保守党が勝利すれば、イギリスのEUからの離脱(ブレグジット)の是非を問う国民投票を行うと約束したとき、僕は単純明快にこう思った。本当にそんなことをすれば国民は離脱に投票するに違いない、と。EUはいいものだと言うイギリス人を、僕はほとんど見たことがない。むしろEUへの怒りや批判の声が大半だった。

 もちろん僕はジャーナリストとして、反対の「残留派」の意見をあえて聞く必要があった。探してみれば、残留派はけっこうちゃんといた。EUにまあまあ乗り気、という人もいるにはいたが、もっと多かったのは「概して」「仕方なく」「知った悪魔だから」EU残留のほうにしておこう、という声だった。

 印象的だったのは、ロンドンの人々(「残留派」)はエセックス州(僕の住んでいるところだ)の住人とはとても違う意見を言うことだった。どちらが正しくてどちらが間違っているとか言うつもりはない。ただ、双方の見方が大きく異なっていたということを言いたいのだ。議論を交わしたり相手の意見に影響を与えたりする共通基盤がほとんどないから、結局は話し合いは通用せず、どちらの人数が多いか、で競うことになる。

 残留派は自分たちの考えが言うまでもなく正しいと考えがちだった。同意見の人とばかり付き合っており、離脱派に正しいことを教えてやりたいのは山々だが彼らを説得する方法が分からないと考えていた。一方の離脱派は、そうした「都会派エリート」に怒りをおぼえ、彼らに指示されるのなんかお断りだと思っていた。

【参考記事】<論点整理>英国EU離脱決定後の世界

 もう何年も前の話だが、EUで働く僕の友人が言っていたことがあった。イギリスがもしも単一通貨ユーロに参加したら、それによってイギリスが受ける経済的恩恵は、主権を犠牲にする損失を補って余りあるだろう、と。あのとき僕は、「イギリス国民はそんな事態は決して受け入れないだろう」としか考えられなかったから、無言で彼が話すに任せていた。イギリスはもちろん、ユーロには加わらなかった。でもこの友人の言葉で、ユーロを歓迎する人々は夢の国に住んでいるんだな、と僕は思った。

 国民投票に向けたキャンペーン期間中、僕の確信は揺らいだ。ほとんどの体制派は国民に残留を呼び掛けていたし、面白いことにオバマや安倍まで口出ししてきた。離脱したらヤバイぞ――ことあるごとにそう言い聞かせられたものだった。おまけに世論調査は、かろうじて残留が優勢だろうと伝えていた。市場ですら残留を見込んでいた。だから僕は結局のところ、現状維持になるのだろうと考えだした。

 ところが、僕の最初の直感は当たってしまった。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

19日の米・イラン核協議、開催地がローマに変更 イ

ビジネス

米3月の製造業生産0.3%上昇、伸び鈍化 関税措置

ビジネス

カナダ中銀、金利据え置き 米関税で深刻な景気後退の

ワールド

ルビオ米国務長官、訪仏へ ウクライナや中東巡り17
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 2
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気ではない」
  • 3
    【クイズ】世界で2番目に「話者の多い言語」は?
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    紅茶をこよなく愛するイギリス人の僕がティーバッグ…
  • 7
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 8
    NASAが監視する直径150メートル超えの「潜在的に危険…
  • 9
    あまりの近さにネット唖然...ハイイログマを「超至近…
  • 10
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 1
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 2
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 3
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止するための戦い...膨れ上がった「腐敗」の実態
  • 4
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 5
    「ただ愛する男性と一緒にいたいだけ!」77歳になっ…
  • 6
    コメ不足なのに「減反」をやめようとしない理由...政治…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 8
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 9
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 10
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story