コラム

特権エリートに英国民が翻した反旗、イギリス人として投票直後に考えたこと

2016年06月28日(火)15時45分

歴史に残る投票

 EUの歴史を振り返っても、これほど度肝を抜く投票はあまりない。思いつくのは、EU憲法批准を拒否した2005年のフランスの国民投票くらいだ。でもそれだって、開票の前には薄々結果が分かっていたし、いずれにしろEU憲法はブリュッセルでの駆け引きの果てに立ち消えになった。

 イギリスの歴史に限定するなら、僕が考えつくのは1945年の選挙だ。

 ウィンストン・チャーチル首相は絶頂期にあった。ナチスを打ち負かして第二次大戦を勝利に導いたことで、国民からあふれんばかりの称賛を受けるはずの、並はずれた男だった。ところが、イギリスの有権者は静かにこの国の方向性を決め、チャーチルに背を向けた。福祉の充実を訴えた労働党が地滑り的な勝利をおさめ、福祉国家としての新たなイギリスが誕生したのだ。

【参考記事】パブから見えるブレグジットの真実

選挙戦と階級と民主主義

 今回の国民投票に向けたキャンペーンは、不愉快な選挙戦だった。残留派、離脱派どちらもほめられたものではなく、双方が大げさな主張をして相手を侮辱した。1つの事例を取り上げるのはフェアじゃないかもしれないけれど、ガーディアン紙に掲載されたクリス・パッテンの記事は、特に腹が立った。

 パッテンは国民投票を実施すること自体がひどいアイデアだと書いた(「粗野なポピュリストの道具だ」「議会制民主主義への脅威だ」「次は何だ? 死刑制度の是非を問う国民投票か?」といった具合だ)。そして、反EU派の意見を「外国人嫌いの不快なイングランド的ナショナリズム」だと言ってみせた。

 パッテンは1992年の総選挙で国会議員の職を去るまで、公人として比類なきキャリアを築いていた。返還前の香港で最後の総督を務め、欧州委員会委員(素晴らしきブリュッセルの権力者の1人だ)として勤務し、BBCの監督機関であるBBCトラストの会長に就き、貴族院の議員を務めた。これらの役職全てが、権力(いくつかはとんでもなく強い権力だ)と名声と豪勢な生活(高給と恵まれた「特権」)を彼に与えてきた。そしてそのどれも、選挙不要で就くことができた役職だ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

退院のローマ教皇、一時は治療打ち切りも検討 担当医

ビジネス

シカゴ連銀総裁、1年後の金利低下見込む 不確実性も

ビジネス

インタビュー:ドル円は120円台が実力か、日本株長

ワールド

イラン通貨リアルが過去最安値、米政権との対立懸念
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 2
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 3
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取締役会はマスクCEOを辞めさせろ」
  • 4
    「トランプが変えた世界」を30年前に描いていた...あ…
  • 5
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 6
    トランプ批判で入国拒否も?...米空港で広がる「スマ…
  • 7
    「悪循環」中国の飲食店に大倒産時代が到来...デフレ…
  • 8
    【クイズ】アメリカで「ネズミが大量発生している」…
  • 9
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 10
    老化を遅らせる食事法...細胞を大掃除する「断続的フ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 5
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 6
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
  • 7
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「レアアース」の生産量が多…
  • 10
    古代ギリシャの沈没船から発見された世界最古の「コ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 7
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 8
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 9
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 10
    【クイズ】アメリカを貿易赤字にしている国...1位は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story