England Swings!
人生初のウィンブルドン観戦でテニス愛に引き込まれる
ウィンブルドンでぜひ見てみたかったのが、テレビ中継にもよく映る通称ヘンマン・ヒル(ヘンマンの丘)だ。こんもりした丘にファンが集まって、前方に設置された大型スクリーンで試合を見ている、あれだ。コートで観戦する緊張感や観客の一体感はないかもしれないけれど、みんな思い思いに飲んだり食べたりしながら自由におしゃべりしてくつろいでいた。まるで単なるピクニックのようだけれど、あまりにのびのびと楽しそうで、ヘンマン・ヒルにいる人たちがウィンブルドンを一番満喫しているんじゃないかとさえ思えた。
会場を回って席に戻ると、ちょうど最後の男子シングルス、アルカラス対ベレッティーニ戦が始まるところだった。お互いに同胞サポーターが多かったようで、ラテン系の発音で「カルロス!」「マッテオ!」と2人のファーストネームが飛び交う、やや濃いめの試合だった。
この試合では、夜8時ごろには、10分ぐらいかけてゆっくりルーフを閉める儀式も見ることができた。ルーフが閉まるとボールを打つ音もますます大きく響いて、会場の一体感が高まった。
初めてのウィンブルドンで強く印象に残ったのは、観戦しているファンのテニス愛だった。ナイスプレーを手ばなしで褒め称え、惜しいところでボールを逃せば選手と一緒になってフラストレーションの声を漏らし、敗者に温かい拍手を贈る。デュースになった時の盛り上がりからも、よいプレーをずっと見ていたいという思いが伝わってきた。彼らの反応は推しを熱く語る人のそれに似ていて、ピュアな喜びに触れて嬉しくなってしまう。このテニス愛に包まれて、いつの間にか試合にぐいぐい引き込まれている自分を感じた。
この熱い声援を受けて、この日の最終試合はアルカラスが勝利をおさめた。この試合で彼は、対戦相手が転倒した時にすぐに駆け寄るというさわやかなスポーツマンシップも見せてくれて、すっかりファンになってしまった。
試合が終わると午後9時近くになっていた。8時間近くもあの場にいたなんて信じられないくらい、時間は本当にあっという間に過ぎていた。帰りは道いっぱいに広がって歩く人たちと駅方面に歩いたのだけれど、周りがあまりに穏やかな群衆だったので驚いた。大声で叫んだり歌ったり、上半身裸になったりして大騒ぎだったサッカーの帰り道とは大違いだ。あれはあれで刺激的な経験で、人間臭くておもしろかったけれど。プレーと同じで、テニスファンはさわやかでお行儀がいいようだ。
著者プロフィール
- ラッシャー貴子
ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。
ブログ:ロンドン 2人暮らし
Twitter:@lonlonsmile