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英語圏ではわかりにくい『コンビニ人間』の日本的背景
日本社会の閉塞感をアメリカ人読者が理解するためにはもっと心理描写が必要になる Yuya Shino-REUTERS
<日本のベストセラーとして注目されていた『コンビニ人間』だが、先月アメリカで刊行された英訳版の売れ行きは今一つ。社会からの疎外感といった日本の社会背景が伝わりきらないようだ>
日本で65万部以上売れたホットな本として注目されていた村田沙耶香著の『コンビニ人間』は2017年秋に独立系出版社のGlobe Atlanticが英語での版権を獲得し、アメリカで今年6月12日に『Convenience Store Woman』というタイトルで刊行された。翻訳は日本在住のベテラン翻訳家、竹森ジニー氏である。
アメリカの出版界で重視されている業界紙 Publishers Weekly の書評で「星(starred)」評価を受け、アマゾンは その月のお薦め本である「Best Book of the Month 」に選んだ。ニューヨーク・タイムズ紙には著者を紹介する記事が掲載され、NPR、ニューヨーカー、バズフィード、ハーバード大学新聞のハーバード・クリムゾンといった主要なメディアが好意的な書評を載せ、ファッション雑誌の ELLE や Vogue も夏の推薦読書のひとつに選んだ。
また、図書館員やアマチュア書評ブロガーなどには、新刊紹介サイトNetGalley を通じて電子書籍版のARC(ガリ版)を提供しているし、多くの公共図書館が紙媒体に加えて電子書籍版とオーディオブックのライセンスを購入している。
こういった前評判やマーケティングの努力からは、『コンビニ人間』の英語版『Convenience Store Woman』がベストセラーになるのは当然のことに思われた。だが、発売から1カ月たった7月17日現在、『Convenience Store Woman』はアマゾンのハードカバーランキングで4261位、有料キンドル版で7800位とベストセラーには程遠い位置にある。
同じ6月に発売された文芸小説カテゴリのアマゾン Best Book of the Month と比較するともっとわかりやすいかもしれない。ベストセラーになって映画化された『プラダを着た悪魔』の続編である『When Life Gives You Lululemons』が、ハードカバー100位で有料キンドル版78位というのは知名度という点で納得できるかもしれない。
だが、無名の新人であるネイティブ・アメリカン作家トミー・オレンジによるデビュー作『There There』はハードカバー167位、有料キンドル版354位で、同じく無名の新人のインド系アメリカ人作家ファティマ・ファフィーン・ミルザのデビュー作『A Place For Us』はハードカバー534位で有料キンドル版542位だ。ミルザの作品は Publishers Weekly から星評価すら受けていない。
アマゾンや書評サイト Goodreads でのレビューを見ると、この売れ行きの差が見えてくる。『There There』は2800人が平均4.27の評価、『A Place For Us』は2500人が平均4.25の評価を与えているのに、『Convenience Store Woman』の場合は1800人が平均3.72の評価と低い。
なぜ英語版の『コンビニ人間』は日本ほど爆発的に売れていないのだろうか?
読者のレビューは決して悪くない。「ひどい作品だ」とけなしているものはないし、アマゾンでも Goodreads でも星1つの評価はほぼゼロだ。だが、上記の新人作家の2作とは異なり、最も多い評価は星5つではなく、星4つ(実際は3.5と記している人が目立つ)なのだ。つまり、英語圏の読者に「ものすごく好き」あるいは「ものすごく嫌い」という強い感情を与えない作品なのである。情熱的に好きな人がいないと口コミで広まらない。英語版の『コンビニ人間』の売れ行きが悪い理由はそこにあるのかもしれない。
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