山梨県東部「郡内地方」を横断 交通の要衝を徒歩で実感する
◆交通の「要衝」であり「難所」の郡内地方
大月駅は、東京から甲府・松本方面に抜ける中央本線の主要駅であると同時に、富士五湖方面に向かう富士急行線の起点である。つまり、相模川流域と富士五湖エリアを結ぶ郡内地方の交通の要衝だ。そんな重要拠点でありながら、国道20号から一本隔てた駅前通りは狭く、一地方の中心地としては非常に控え目な町並みであった。
駅前通りが国道20号に合流したところで、山梨県内では桂川と呼ばれている相模川を渡る。眼下は、川沿いの崖下の狭い空間に住宅が密集する急峻な地形だ。山梨県=甲斐国は「交通の要衝」でありながら「山に囲まれた閉鎖空間」であるという二面性を持つと言われている。これまで郡内地方を歩いてきた実感は、それにぴたりと合致する。
僕は、この地域の初心者ではない。長野県の蓼科高原で山暮らしをしながら、ちょくちょく東京に出て仕事をしているので、両者を結ぶ甲州街道をしょっちゅう車で往復している。中央高速を使うことも一般道をひた走ることもあるが、どちらを通っても感じるのは、この郡内地方が甲州街道のボトルネックになっているということだ。
中央道の郡内地方区間である笹子トンネルー小仏トンネル間は、カーブとトンネルの連続だ。特に小仏トンネルの手前では週末ごとに大渋滞が起きている。下道の国道20号も郡内地方の区間は片側一車線のくねくね道である。運転が好きな僕は、むしろそのワインディング・ロードを走るのが楽しみで、時間がある時は極力下道を走るようにしている。いずれにせよ、この地域が歴史的に交通の要衝であると同時に難所だったこと、そして、今もその名残があることは、歩いてみればより鮮明に実感できる。
◆昭和後期と平成を「総括」する旅
リーマンショックに続く東日本大震災で日本の景気がどん底に落ちた時期に、僕のような末端のフリーランスは一気に仕事を失って窮乏した。高速料金すら払うのが厳しくなったその時期、僕はこの国道20号の蓼科--東京間の約200キロを、ひたすら往復して仕事をしていた。しかし、それは単なる貧しさゆえの苦行ではなかった。むしろ、積極的にロングドライブを楽しんでいた。それができたのは、郡内地方でピークを迎える沿道の風情のおかげだった。アクセスにある種の不便さが残っていることは、地元の人にとってはありがたくない反面、旅人にとっては、その地域に特徴的な「風情」と結びつく要素なのだ。
そして、この「徒歩の旅」を実行した根源には、自分の苦しい時代と共にあった甲州街道をもっとしっかり見てみたいという思いがあった。平成が終わり、失われた20年という暗いトンネルの先に光明が見えてきた今こそ、文字通り地に足をつけて甲州街道という「マイ・ウェイ」の細部をおさらいしたいと思った。昭和の左翼運動家たちは「総括」(※)ということをよくしたそうだが、これは、政治的イデオロギーに依拠しない世代に属する昭和生まれ・平成育ちの僕なりの、「自分たちの時代」の総括でもある。令和・2020年代へと希望をつなぐための通過儀礼だと言い換えてもいい。僕の個人的な思いにフォーカスすれば、それがこの旅の動機と目的である。
その「総括」を促すかのように、大月の国道沿いには「昔ながらのドライブイン」「火の見櫓」といった昭和の残滓が点在していた。子供時代の郷愁を噛み締めながら中央道の大月インター付近まで来ると、屋上に日の丸を掲げ、「戦後」のアイコンである進駐軍風のジープが駐車場に停まっている甲州名物・ほうとうのお店があった(ほうとうは国中の名物らしいが)。そして、その店先には「停滞から前進へ」という、現在進行形のスローガンが書かれた幟旗が翻っていた。その一塊の光景は、この旅の趣旨を象徴する強烈なビジュアルとして、目に焼き付いた。
※「総括」・・・全体を見渡し、整理して一つにまとめること。1960〜70年代の左翼運動家の間では、それまでの活動を振り返り、反省することで活動の改善策を見出し、自分たちの目指すイデオロギーを確立する思考法として好んで用いられた。29名中12名が仲間同士のリンチなどによって死亡した連合赤軍の山岳ベース事件では、この「総括」が直接・間接的な暴力の要因になった。
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