コラム

選挙の日に歩いた桜咲く渓谷と平成の町

2019年04月23日(火)14時00分

◆ウグイスの鳴き声をかき消すウグイス嬢の絶叫

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これからしばらくは相模川(桂川)の渓谷に沿って歩くことになる=神奈川県相模原市

相模川は山梨県に入ると桂川と名前を変え、この先はしばらくその谷あいを進むことになる。川底に向かう急斜面には、上から順に中央自動車道、JR中央本線、国道20号が通り、国道沿いから川沿いにかけて町が展開する。川にかかる橋の上からそんな地形を眺めていると、関東平野を横断する東京の街歩きから一転、狭い地形に立体的に広がる山村を歩き始めたことを改めて実感した。

この日(2019年4月6日)は、東京では散り始めた桜がちょうど見頃。青空が広がり、あちこちからウグイスの声が聞こえてくるのどかな散歩日和であった。同時に、統一地方選前半戦の投票日前日でもあり、ウグイスの声が人間のウグイス嬢の絶叫にかき消されることもしばしばであった。静かな山間地故に、候補者の名前の連呼が谷全体に轟音となって鳴り響く。

候補者の名前連呼の選挙運動と共に、でかでかとした顔写真の選挙ポスターで溢れる街頭風景も、日本独特ではないだろうか。せめてポスターのデザインセンスを上げて街頭風景のレベルを少しだけ上げることはできないものだろうか。ちなみに、ポスターデザインには公平を期するために公職選挙法で厳しい制約があると思いきや、デザイン・内容ともに原則自由だそうだ。

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散歩日和の土曜日は、統一地方選の投票日前日でもあった=神奈川県相模原市

◆選挙カーとポルシェの集団を見送って山梨県へ

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県境の橋でも選挙カーに行き合った=神奈川県相模原市

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ポルシェの列と共に山梨県に突入=山梨県上野原市

選挙カーは、県境の橋にも容赦なくやってきた。橋の上で今回の歩きに同行していた高校の同級生がスマートフォンを構えて写真を撮っていると、候補者の名前の連呼の合間に「良いお写真が撮れましたかあ!」という声。僕は「ここの選挙民でもないし、大きなお世話だ」と思ったが、大人な彼女は選挙カーに曖昧な笑顔を返していた。

選挙カーが遠ざかり、ようやく静けさが戻ってきたのもつかの間、今度は水平対向4気筒エンジンの重低音の重奏が聞こえてきた。列をなして次々とやってくるポルシェ。近年は、インターネットを通じた交流の普及で、あらゆるジャンルで同好の士によるオフ会が盛んになっている。若者の車離れが進んでいると言われるが、自動車愛好家の世界などその最たる例で、同一車種が集まってドライブしている様子は、八ヶ岳山麓の観光道路沿いに住んでいる僕には見慣れた光景だ。

僕自身、30年以上前のイタリアの大衆車に乗っていて、年に1回のオフ会に参加している。ポルシェにも一時期乗っていたことがあるので、こちらの騒音には寛容な気分であった。我ながら勝手なものである。なかなか途切れることのないポルシェの列を見送って、山梨県に入った。

◆桜咲き誇る桂川河川敷

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旧街道沿いの集落で出会った芝桜とご婦人ら。地元住民との出会いも裏道歩きの魅力だ=山梨県上野原市

藤野駅をスタートしてからここまで、交通量の多い国道を避けてなるべく裏道の県道と市道を歩いてきた。その分、アップダウンが激しいくねくね道が多いが、町の人と会話を交わす機会にも恵まれやすい。山梨県に入って間もなく、旧甲州街道の関所跡の先の集落で、水路の土手にきれいに植えられた芝桜に迎えられた。写真を撮っていると、それを植えた御婦人に声をかけられた。村の花だよりを尋ねると、今は上野原駅に向かう途中の桂川の土手の桜並木が見事だと教えてくれた。早速、ルートを変えてそちらに向かうことにした。

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川に下ると、見事な桜並木に迎えられた=山梨県上野原市

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桜咲く桂川の河川敷=山梨県上野原市

果たして、桂川の豊かな流れと延々と続く桜並木のコントラストはなかなか見事であった。東京あたりなら、たちまち花見客が押し寄せる一大名所になっていそうなロケーションだ。しかし、花盛りの土曜日なのに、河原には何組かの子連れのママさんたちとボールを追うサッカー少年たち、数人の釣り人がいたくらい。僕らも河原に腰を下ろし、贅沢な休憩時間を過した。

日帰りで繋いでいく旅だとはいえ、歩いてここまでやってくると、余計に都市部と地方のコントラストを実感する。東京で近年人気の桜の名所と言えば、中目黒あたりの目黒川沿いだが、スケール感はこの桂川の桜並木とは比べるべくもない。もちろん、今や都内有数のオシャレな街で見る桜に、独自の代えがたい魅力があるのはよく分かる。一方で、幼い頃、当時は「世界一汚染された川」と言われた目黒川の悪臭に苦しみながら幼稚園に通っていた元地元民としては、わざわざ人混みにもまれながらそこで花見をする気にはなれない。

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絶好の花見スポットにも関わらず、人影はまばら=山梨県上野原市・桂川河川敷

◆心温まる田舎の風景

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桜を背景に並ぶ地蔵=山梨県上野原市

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渓流釣りを楽しむ釣り人=山梨県上野原市・桂川

ここまで来ると、川にいる釣り人もブラックバスから渓流魚狙いに変わっていた。いよいよ本格的に自然と共生できそうな風景が広がっていく。上野原の中心部を抜けて国道に出ても、自給自足ができそうな畑の一角にある鶏小屋や、見事な桜と花桃の木に彩られた旧家の佇まい、番犬が威勢よく吠える軒先、いい具合に色あせた木製の鳥居がある神社など、大都市近郊ではなかなかお目にかかれないホッとする風景が続いた。

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畑の一角にあった鶏小屋=山梨県上野原市

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桜と花桃に彩られた旧家の門=山梨県上野原市

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軒先で吠える番犬。都会では見られなくなってきた光景=山梨県上野原市

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木製の神社の鳥居も色あせて味がある=山梨県上野原市

プロフィール

内村コースケ

1970年ビルマ(現ミャンマー)生まれ。外交官だった父の転勤で少年時代をカナダとイギリスで過ごした。早稲田大学第一文学部卒業後、中日新聞の地方支局と社会部で記者を経験。かねてから希望していたカメラマン職に転じ、同東京本社(東京新聞)写真部でアフガン紛争などの撮影に従事した。2005年よりフリーとなり、「書けて撮れる」フォトジャーナリストとして、海外ニュース、帰国子女教育、地方移住、ペット・動物愛護問題などをテーマに執筆・撮影活動をしている。日本写真家協会(JPS)会員

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