コラム

人の頭を持つ男、指がなく血の付いた手、三輪車に乗る豚......すべて「白夜」の続き

2019年01月17日(木)16時00分

From Feng Li @fenglee313

<これらは現在の中国で起こっている現実だと、四川省成都の写真家、フェン・リーは言う>

時代、あるいは社会の急激な大変動は、しばしば優れたアーティストを生み出す。中国はまさにそんな歴史的急変を体験し続けている国だ。

北京や上海だけではない。他の地域からも多くの才能が生まれている。時代が彼らをプッシュし、彼らがまた新たな時代の扉を叩く。そして写真もそうした類に漏れない。

今回取り上げるのは、まさにそうした時代の中で生まれた人物。四川省の成都で生まれ育ったフェン・リーだ。同省の役所の広報部に属し、地域の発展やイベントを、たぶんプロパガンダ的にパーフェクトに撮影することを旨とする47歳の写真家である。

彼を一躍世界的に有名にしたのは、もちろん政府絡みの優等生的な写真ではない。彼個人のプロジェクトだ。「白夜シリーズ」である。

「白夜シリーズ」は、2005年の冬に始まった。リーが役所のアサインメントの撮影で赴いた、成都郊外のランタン・フェスティバルがきっかけだ。冬の畑の、まだ真っ暗な早朝で霧が一杯だった。その中で、自分がどこにいるのか分からなくなったという。

リーの話によれば、目の前に小さな道が伸び、道の終わりには高い位置にきらめく光が霧間から見え、灯台のようだった。1本の木、1本の巨大なクリスマスツリーが空から降りてきて、辺りを照らし出し、訳の分からない怪獣が隣で叫び、奇妙な男女がギシギシとロボットの舞を踊り、他に比べるものがないほど背の高い蓮のような巨大クラゲ、そしてニヤリと笑うパンダが一歩一歩近づいて来たのだという。

真夜中の畑はまるで白夜のようで、その馬鹿げたようなシーンの中でリーは唯一の観客だった。それらのシーンは彼だけのもののように思われたという。

それ以後、その夜の光景が彼の頭にこびりつき、彼はその再現を追い求めるようになった。例えば、死にかけてもだえる人、人の頭を持った男、蝶の羽を持つ人、鋭いナイフを持ってやって来る人、雷に照らされたウェディングドレス、指がなく血が付いたままの手を風よけにしながらタバコに火をつける人......。そうしたものは、全てあの冬の日の続きだ。それがリーの白夜の世界、パーソナル・プロジェクトである。

そうした「再現」の世界は、彼がランタン・フェスティバルの畑で見たものと同じで、しばらくは本物か幻想かはっきりしていなかったとリーは語る。だがこれらは、あくまでも、現在の中国で起こっている現実だ。彼自身、「現実」と言い切る。

プロフィール

Q.サカマキ

写真家/ジャーナリスト。
1986年よりニューヨーク在住。80年代は主にアメリカの社会問題を、90年代前半からは精力的に世界各地の紛争地を取材。作品はタイム誌、ニューズウィーク誌を含む各国のメディアやアートギャラリー、美術館で発表され、世界報道写真賞や米海外特派員クラブ「オリヴィエール・リボット賞」など多数の国際的な賞を受賞。コロンビア大学院国際関係学修士修了。写真集に『戦争——WAR DNA』(小学館)、"Tompkins Square Park"(powerHouse Books)など。フォトエージェンシー、リダックス所属。
インスタグラムは@qsakamaki(フォロワー数約9万人)
http://www.qsakamaki.com

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国CPI、2月は0.7%下落 昨年1月以来のマイ

ワールド

米下院共和党がつなぎ予算案発表 11日採決へ

ビジネス

米FRBは金利政策に慎重であるべき=デイリーSF連

ワールド

米国との建設的な対話に全面的にコミット=ゼレンスキ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 2
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題に...「まさに庶民のマーサ・スチュアート!」
  • 3
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMARS攻撃で訓練中の兵士を「一掃」する衝撃映像を公開
  • 4
    うなり声をあげ、牙をむいて威嚇する犬...その「相手…
  • 5
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 6
    テスラ大炎上...戻らぬオーナー「悲劇の理由」
  • 7
    ラオスで熱気球が「着陸に失敗」して木に衝突...絶望…
  • 8
    同盟国にも牙を剥くトランプ大統領が日本には甘い4つ…
  • 9
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 10
    【クイズ】ウランよりも安全...次世代原子炉に期待の…
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやステータスではなく「負債」?
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    メーガン妃が「菓子袋を詰め替える」衝撃映像が話題…
  • 5
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 6
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 7
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 8
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 9
    「コメが消えた」の大間違い...「買い占め」ではない…
  • 10
    「これがロシア人への復讐だ...」ウクライナ軍がHIMA…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story