イラン・イラク戦争から40年、湾岸危機から30年:イラン革命以降、いまだに見えない湾岸地域の到達点
周辺のアラブ産油国もアメリカも、戦争が8年も長引くとは思わなかったので、やむなくイラク側への協力、関与を深めざるを得なくなった。長年対立してきたイラクとアメリカが、「イラン憎し」一点で手を結んだのが1984年の米・イラク間国交回復だったのだが、イラン・イラク戦争が終わったころには、アメリカは、日本やフランス、ドイツなどそれまでの主要交易国を抑えて、イラクの最大の交易相手国となっていた。湾岸産油国は、イラクがイランに負けたらたいへんだ、との危機感だけでイラクを支援し、総額500億ドル近いカネを投入し続けた。
このつぎ込んだカネが、無償援助だったのか借金だったのかでもめ始めたのが、イラン・イラク戦争が終わってからである。それは貸しただけだ、返せ、と最初にいったのがクウェートだった。長引く戦争の過程で、イランと戦っているのは湾岸アラブ諸国とアメリカの権益をイランの脅威から守るためだ、と自己正当化していたイラクにしてみれば、守ってやったのに今更何を、という気分だっただろう。
同じ時期クウェートでは、域内大国に唯々諾々とするのではなく、独自の政治展開を目指すような傾向が見られた。それは、いきなり借金だから返せと言われてむっときていたイラクだけでなく、サウディアラビアの神経をも逆なでするような態度だった。1990年2月にクウェートで開催された湾岸サッカー大会(ガルフ・カップ)に、サウディアラビアは直前で出場を取りやめたのだが、それはかつてクウェートがサウディのイフワーン軍団の進軍を撃退して独立を維持した(1920年ジャフラの戦い)という史実を大会のシンボルに起用したため、それに不快感を示してのことだった。つまり、クウェートを挟むイラクとサウディアラビアという地域大国のいずれもが、クウェートが「頭に乗っている」と、多少なりとも感じていたのである。
そしてクウェートにとって決定的だったのが、石油価格調整からの逸脱だった。イラン・イラク戦争で資金をすっかり使い果たしたイラク、イランにとっては、石油収入を少しでも増やしたい、だから石油価格を上げたい。イラク、イランという域内大国の意向を一概に無視するわけにはいかないと、調整役のサウディアラビアも価格高めで了解する。その「空気」を堂々と無視したのが、クウェートとUAEだった。安値での売却を主張して、合意を破ったのである。イラクやサウディアラビアの再三の忠告で、UAEは折れた。だがクウェートは最後ぎりぎりまで、価格調整に抵抗したのである。
米イラクの「チキンゲーム」
こうして始まった湾岸危機もまた、関連する国々の間での目論見違いが原因で、事態が戦争に至るまでに深刻化したといってもよい。
まずはイラクである。その一。国際社会がこんなに早く反イラク包囲網で固められるとは思っていなかった。前述したように、サウディアラビアはクウェートに不快感を抱いていたので、イラクのクウェート侵攻に共感してくれるのでは、と期待していたふしがある。クウェートに侵攻したイラクは、ひたすらサウディアラビアに対して、サウディにまで侵攻するつもりはさらさらない、というメッセージを伝えているからである。さらには、クウェートをサウディとイラクの間で分割してはどうか、といった提案があったのでは、とまで憶測が流れた。イラク政府は歴史を紐解いて、いかにクウェートがもともとイラクのバスラ州の一部だったかを主張したが、前述したガルフ・カップでサウディが不快に思ったジャフラの戦いというのは、この戦いでサウディ側が勝っていればクウェートはサウディの一部になっていたかもしれないというものだ。
さらには、アメリカ、そして国際社会がここまで決定的な反イラク姿勢をとるとは、イラクが予想していなかったことだろう。クウェート侵攻直後から即座に国連の経済制裁が課され、侵攻をただの地域領土紛争程度に済ませたかったイラクの思惑と外れて、国連やアメリカが全面的に出張ってくる国際紛争の様相を呈してしまった。
そのアメリカも、イラクが戦争に至るまで折れないとは思わなかったかもしれない。冷戦後初めての国際紛争に、唯一の超大国としてのアメリカは、きっぱり手本を示さなければならなかった。だがイラク側は、従来通り、紛争を大きくして手を引くときは何等かの見返りを得る、といった交渉に固執した。全面譲歩はあり得ない。それこそチキンゲームのように、開戦ギリギリまで待ってクウェートから撤退すれば、アメリカの鼻をあかせるとでも考えていたのかもしれない。反対にアメリカは、そうはさせじと国連の武力行使期限が来ると早々に、クウェート駐留のイラク軍に猛攻を開始した。
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