コラム

トランプの露骨なイラン包囲網に浮足立つイスラム社会

2017年05月31日(水)10時20分

サウジアラビアでの演説で、トランプはイスラム諸国にテロ対策での団結を求めたが Jonathan Ernst-REUTERS

<イランとその味方のシーア派勢力を封じ込めたいサウジの思惑に乗ったトランプ。イスラム社会の宗派間、宗派内対立の火種を再燃させるおそれが>

5月20-21日に実施されたトランプ大統領のサウディアラビア訪問は、サウディアラビアとトランプ側の報道を見る限りでは、大成功のうちに終わった。アラブのみならず、南アジアや中央アジア、東南アジアのイスラーム諸国からも参加を得て、サウディ主導のイスラーム諸国サミットは、大盛況。米国側も、1100億ドルの武器輸出契約をサウディと結んで、商売繁盛にご満悦の様子だ。

だが、結集したイスラーム諸国の首脳を前に、トランプ大統領が「テロに対して一致団結を」と演説をぶち上げたのに水を差すような出来事が、その後続いている。英マンチェスターでのコンサート会場での自爆事件に続いて、エジプトではコプト教徒への襲撃事件が起きた。

大体トランプ大統領はサウディで「対テロでの団結」を強調したが、その対象は「イランやヒズブッラーやハマース」で、肝心の対「イスラーム国」対策は具体的には打ち出していない。結局のところ、イランとその味方の勢力を中東で封じ込めたいサウディの言いなりになっただけじゃないか、という声が聞こえてくる。案の定、イランや反サウディ系のメディアでは、「イスラーム国の最大の支援者であるサウディを糾弾せずして、何が対テロ政策か」との非難が相次いだ。

東はマレーシアやインドネシア、西はセネガル、北はカザフスタンから南はマダガスカルまで、イスラーム諸国がこぞって首脳級を派遣したのに、すっぽり抜けている国がある。それがイランだ。「イスラーム諸国会議」の体をとりつつも、シーア派外しになっている。同じくシーア派イスラーム政党が与党となるイラクは、クルド出身の大統領を派遣して、体裁を整えた。

【参考記事】イランはトランプが言うほど敵ではない

露骨なイラン=シーア派包囲網成立に、宗派対立を煽るムードが生まれる。サミット最終日にバハレーンでは、同国最大野党ウィファークの精神的指導者でシーア派宗教指導者のイーサ・カースィムへの有罪判決が下され、それに反対するシーア派住民によるデモが激化、官憲と衝突した。

それまで宗派対立を回避しようとしてきた努力すら、放棄されるふしもある。イラク戦争以前にシーア派、スンナ派が共存してきたイラクでは、戦後も、要所要所の宗教行事では、宗派間の調整が行われてきた。

ラマダン(断食)月の開始日の決定が、良い例である。いつラマダン月に入るか、スンナ派とシーア派の宗教界でしばしば判断がずれるが、イラクでは両派は同じ日にラマダンを開始できるような努力が見られていた。今年も、スンナ派宗教界の「ファトワー庁」は、最初シーア派最高権威のシスターニー師の意向に沿う予定としていた。だが結局のところサウディなど他のスンナ派諸国と同じ日のラマダン開始となったのである(もっとも、シーア派でもシスターニー以外はスンナ派の日程と同じにしたようだが)。

サウディアラビアとアメリカが「反イラン」で合意したことで、イラン、あるいはシーア派に対する対立意識が露呈し、中東・イスラーム世界で宗派対立が激しくなるだろうことは、容易に予想がつくが、それだけではない。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
コラムアーカイブ(~2016年5月)はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

中国が対米報復関税、小麦などに最大15% 210億

ビジネス

中国、半導体設計で「RISC─V」の利用推奨へ=関

ワールド

欧州委、8000億ユーロ規模の防衛計画提案 共同借

ビジネス

トランプ政権の関税措置発動、企業の不確実性は解消せ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
特集:進化し続ける天才ピアニスト 角野隼斗
2025年3月11日号(3/ 4発売)

ジャンルと時空を超えて世界を熱狂させる新時代ピアニストの「軌跡」を追う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 2
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Diaries』論争に欠けている「本当の問題」
  • 3
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 4
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 5
    イーロン・マスクの急所を突け!最大ダメージを与え…
  • 6
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 7
    バンス副大統領の『ヒルビリー・エレジー』が禁書に…
  • 8
    米ウクライナ首脳会談「決裂」...米国内の反応 「ト…
  • 9
    世界最低の韓国の出生率が、過去9年間で初めて「上昇…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    イーロン・マスクへの反発から、DOGEで働く匿名の天才技術者たちの身元を暴露する「Doxxing」が始まった
  • 4
    ニンジンが糖尿病の「予防と治療」に効果ある可能性…
  • 5
    富裕層を知り尽くした辞めゴールドマンが「避けたほ…
  • 6
    イーロン・マスクのDOGEからグーグルやアマゾン出身…
  • 7
    「浅い」主張ばかり...伊藤詩織の映画『Black Box Di…
  • 8
    「絶対に太る!」7つの食事習慣、 なぜダイエットに…
  • 9
    アメリカで牛肉さらに値上がりか...原因はトランプ政…
  • 10
    ボブ・ディランは不潔で嫌な奴、シャラメの演技は笑…
  • 1
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 2
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」ワケ
  • 3
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 4
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアで…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 8
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 9
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 10
    細胞を若返らせるカギが発見される...日本の研究チー…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story