コラム

新型コロナ対策であぶり出された「日本型危機」

2020年04月24日(金)17時00分

表面的には、日本はコロナ対策に「成功している」ように見えるが Issei Kato-REUTERS

<欧米各国と比較すれば日本の新型コロナの被害は今のところ小さいが、もともと疲弊していた日本の医療も経済も危機を目前に控えていた>

私が住んでいるのは、アメリカのニュージャージー州で、ニューヨーク州に次いで新型コロナウイルスの感染数も死者数も深刻な地域です。その数は本稿の時点で最新の4月23日(木)発表では、直近の24時間で307人、当初からの死者の累計は州内だけで5368人という厳しい状況です。ほぼ完全なロックダウンも、現時点で6週間に達しています。

そのニュージャージーから見ていると、日本のコロナ危機は非常に特殊に見えます。特に人口比の死亡率からは、表面的には「日本は成功している」ように見えるし、そうであるならば「日本式の対策」をもっと他の国にも紹介したい、そんな想いに駆られたこともあります。

ですが、冷静に考えてみると「日本式」が通用するのは日本だけだということに気付きます。どうして日本では「日本式の対策」となっているのかというと、それは危機が「日本にだけ起きている特殊な現象」つまり、「日本型危機」に根ざしているからです。では、その「日本型危機」とは何かというと、以下の3つに要約できます。

医療も経済もコロナ以前に疲弊しきっていた

1)まず、コロナ死亡率が日本では先進国中で際立って低いにもかかわらず危機感がある理由を考えてみます。例えば、人口比(10万人あたり)の死亡率は、ニュージャージー州59.64、全米14.24に対して、日本は0.22となっています。

ここ数週間の議論に上るようになった、「グレーゾーン遺体」や「在宅死」といった事例があるにしても、日本が先進国の中で極端に低いのは事実だと思います。それにもかかわらず危機感があるのはなぜかというと、医療や経済の崩壊に至る「限界値」が非常に低いからだと思います。

それは日本の医療や経済のレベルが低いということではありません。日本経済は現在でもGDP総額で世界3位です。また医療水準の先進性や、全国に至る医療のネットワークの整備などは完全に先進国水準です。

ですが、日本の場合は経済も医療も全く余裕がないのだと思います。コロナ以前の段階で、例えば救急医療の現場では既に人手不足による疲弊が指摘されていました。一方で、高齢化の進行により医療コストの増大が問題となり、地域の中核病院を合併させてコストを削減する取り組みなどが検討されていたのです。

経済も同じです。バブル崩壊を端緒として、金融危機を起こした1990年代に始まって、およそ30年にわたる経済の低迷、具体的には生産性の低迷と、最先端部門の国外流出による経済の質の低下が改善できていません。そんな中で、教育水準の高い国家が観光を主要産業にするという悲劇的な国策まで動員されていたわけです。

医療も経済も、コロナ以前に疲弊しきっていました。つまり、コロナという異次元の危機を受け止める余裕というのは、日本の場合は極めて限られていたと考えられます。日本の危機感が中国や欧米と質的に異なるのはこのためだと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story