コラム

かつてないほど退屈だった今年のイギリス予算が重要なわけ

2023年03月24日(金)14時05分
ジェレミー・ハント財務相

古めかしい革のカバンを持って予算を発表するのがバジェットデーのお決まりの儀式。写真はジェレミー・ハント財務相(3月15日、ロンドン) REUTERS

<予算の方向性が発表される「バジェットデー」は、イギリスでは一大イベント。今年の発表は地味で味気なかったが実は大きな意味があるものだった>

「バジェット(予算)デー」はイギリスでは一大事だ。これは、財務相が来る1年の方向性を発表する年に一度の儀式。時には他の何よりイベント的になることもある──例えば景気のいい時(一部で減税の動きが進むかもしれない時)や、景気の悪い時(困難な時期を乗り越えるために何かしらの補助金が出るかもしれないが、長期的には国民の負担になることが分かっている時)など。

僕が17歳の時、友人の1人が学校にラジオを持ち込んだ(インターネット以前、ましてやスマートフォン以前の時代のことだ)から、家に帰ってニュースを見る前にバジェットデーの内容を知ることができたのをよく覚えている。当時は、急激に変化が進み、毎年のように大きな発表が見込まれていた「マーガレット・サッチャー首相&ナイジェル・ローソン財務相」の時代だった。

今でもまだ、バジェットデーは単なる税制マイナーチェンジでは済まされない、という伝統が続いている。ある意味「マジシャンの帽子からウサギ」的な驚きの発表があるのは間違いない。たとえそれが「スピリッツにかかる酒税を3年間凍結する! スコットランドのウイスキー業界に大チャンス! 酒飲みが諸手を挙げて歓迎!」程度のものであっても。

今年のバジェットデーはかつてなく味気ないものだった。財務相は進退窮まって苦境に置かれていた。膨大な財政赤字のせいで大盤振る舞いの余地はないから、目を引く減税策は打ち出せない。でも今後2年以内に予定されている総選挙で、ただでさえ支持率低迷している彼ら与党・保守党を有利にする(わずかな)チャンスをものにする何かを打ち出す必要には迫られている。そこで彼は、退屈であることを選んだ。

専門医がこぞって早期退職

事実、最大の変化はどうしようもなく退屈で......でも重要なものだった。私的年金の掛金にできる額がかなり増額され、それでも税控除は受けられることになったのだ。年間拠出額も積み立て可能な総額も両方増額された(ほらね、退屈だと言ったでしょう)。

だが、そのせいで高所得者の多くが仕事を続けようというモチベーションが高まるから、この変化は重要だと言える。多額の税金を払う人は、理論上はイギリス経済に多くの貢献をしていることになる。大事なことだが、それには高所得の医師も含まれる。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

COP29、年3000億ドルの途上国支援で合意 不

ワールド

アングル:またトランプ氏を過小評価、米世論調査の解

ワールド

アングル:南米の環境保護、アマゾンに集中 砂漠や草

ワールド

トランプ氏、FDA長官に外科医マカリー氏指名 過剰
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    「このまま全員死ぬんだ...」巨大な部品が外されたまま飛行機が離陸体勢に...窓から女性が撮影した映像にネット震撼
  • 4
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 5
    「ダイエット成功」3つの戦略...「食事内容」ではな…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    ロシア西部「弾薬庫」への攻撃で起きたのは、戦争が…
  • 8
    クルスク州のロシア軍司令部をウクライナがミサイル…
  • 9
    「何も見えない」...大雨の日に飛行機を着陸させる「…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 3
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 8
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大き…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story