コラム

「道徳的純真無垢」派にとっては戦没者追悼も「差別的」で「不道徳」

2022年11月16日(水)15時45分
リシ・スナク英首相

スナク英首相も昨年は赤いポピーを胸に戦没者を追悼 TAYFUN SALCI-ANADOLU AGENCY/GETTY IMAGES

<人々が胸に赤いポピーの花を着ける11月の戦没者追悼記念日はイギリスにとって重要な慣習だが、いかなる人種差別も帝国主義も許さない「道徳的純真無垢」派によって、国のために戦った犠牲者をしのぶことさえ危うくなりつつある>

ある程度長く生きていれば誰しも、以前は「急進的」もしくは「常識外れ」とされていた考えがいつの間にか主流になっていた、という経験があるだろう。僕の人生においては、良し悪しは別として、同性婚や(社会の中の構造的な人種差別を考えるという)批判的人種理論(それに伴う「白人特権」や歴史の「脱帝国主義化」)、人は自分の性別を自分の意思で決められる、などといった考え方が挙げられる。だから僕は、当初は大衆に支持されず風変わりに見える考え方でも、簡単に無視することはできないということを思い知った。

毎年11月に僕たちは、戦没者を追悼する。イギリスでは広く浸透している慣習の一つで、皆がこぞって赤いポピーの花を胸に着ける(購入費は退役軍人の慈善事業に寄付される)。サッカーの試合前のスタジアムだろうと居合わせたスーパーマーケットの店内だろうと、戦没者追悼記念日の午前11時(第1次大戦の停戦が1918年に結ばれた時刻)には国中で2分間の黙禱がささげられる。

もちろん、多くの人々は全国で行われる記念式典に自ら足を運ぶ。死者の犠牲をしのぶことは、単にイギリス国民がそろって賛同しているだけでなく、大多数が自ら参加するものなのだ。

にもかかわらず、この慣習への抗議の声もまた、無視できないレベルになってきた。追悼は「死者へのカルト」だとする言葉もたびたび聞く。人々の感謝の念をあたかも邪悪な感じへと巧妙に反転させる言い回しだ。第1次大戦から100周年を迎えた2018年で追悼は打ち切りにすべきだった、と主張する人もいる。まるで、2度の大戦で兵士たちが払った多大な犠牲の上に今の僕たちの自由な暮らしがあるという事実が、時間の経過だけで帳消しになるかのように。

もう1つ、戦没者をおとしめている手法は、当時は存在もしなかった基準を彼らに当てはめることだ。典型的なのは、戦時の指導者たちが大英帝国とその価値観を信じていたというもの。それ故に彼らは帝国主義者であり、つまりは人種差別主義者であり......そして彼らに従った兵士たちもまた、誤ったイデオロギーを支持した道徳的共犯者なのだ、と。

一般的なイギリス人にそんなことを言えば激怒されるだろうし、わが国の兵士は究極の人種差別主義者であるナチス政権と戦ったではないかと指摘されるだろう。とはいえ、現在のイギリスで尊敬されるには「非の打ちどころのない反人種差別主義」的な行動基準に従わなければならないから、この手の中傷もまかり通ってしまう。

平和な時代ならではの贅沢

戦時のイギリスの戦略を非難する声もある。特に第2次大戦末期の英空軍によるドイツ全土への空爆だ(米軍による日本の本土での大規模空襲も同様)。こうした作戦の道徳的疑念と軍事的効果については、何十年も議論されてきた。そのため、爆撃機軍団は格別に犠牲の多い困難な任務だったにもかかわらず、長い間彼らの業績をたたえることはためらわれる雰囲気があった。ここ数年では、爆撃機軍団司令官だった「ボンバー」ハリス卿のロンドンに立つ銅像が汚され、「大量殺人者」だから撤去すべきだという声が上がっている。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシアとウクライナが捕虜交換、UAEが仲介

ビジネス

米中古住宅仮契約指数、11月は前月比2.2%上昇 

ワールド

100歳で死去のカーター氏、平和と民主主義に尽力と

ワールド

カーター元米大統領、1月9日に国葬 バイデン氏が弔
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2025
特集:ISSUES 2025
2024年12月31日/2025年1月 7日号(12/24発売)

トランプ2.0/中東&ウクライナ戦争/米経済/中国経済/AI......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も助けず携帯で撮影した」事件がえぐり出すNYの恥部
  • 2
    JO1やINIが所属するLAPONEの崔社長「日本の音楽の強みは『個性』。そこを僕らも大切にしたい」
  • 3
    電池交換も充電も不要に? ダイヤモンドが拓く「数千年稼働」の世界
  • 4
    キャサリン妃の「結婚前からの大変身」が話題に...「…
  • 5
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 6
    イースター島で見つかった1億6500万年前の「タイムカ…
  • 7
    「弾薬庫で火災と爆発」ロシア最大の軍事演習場を複…
  • 8
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 9
    スターバックスのレシートが示す現実...たった3年で…
  • 10
    カヤックの下にうごめく「謎の影」...釣り人を恐怖に…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3個分の軍艦島での「荒くれた心身を癒す」スナックに遊郭も
  • 4
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 5
    ウクライナの逆襲!国境から1000キロ以上離れたロシ…
  • 6
    地下鉄で火をつけられた女性を、焼け死ぬまで「誰も…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ヨルダン皇太子一家の「グリーティングカード流出」…
  • 9
    なぜ「大腸がん」が若年層で増加しているのか...「健…
  • 10
    わが子の亡骸を17日間離さなかったシャチに新しい赤…
  • 1
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 2
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊」の基地で発生した大爆発を捉えた映像にSNSでは憶測も
  • 3
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が明らかにした現実
  • 4
    ロシア兵「そそくさとシリア脱出」...ロシアのプレゼ…
  • 5
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    半年で約486万人の旅人「遊女の数は1000人」にも達し…
  • 8
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
  • 9
    「炭水化物の制限」は健康に問題ないですか?...和田…
  • 10
    ミサイル落下、大爆発の衝撃シーン...ロシアの自走式…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story