コラム

ジャーナリズムは時に盛大に間違える

2021年11月29日(月)14時30分

ジャーナリズムが滑稽なほどに間違っていることはある Neil Hall-REUTERS

<ソ連は崩壊せず歴史は後退する? 英メイ首相が総選挙で圧勝する? 今思い返せば滑稽なほどの誤報だった記事の数々>

僕はジャーナリストとしてのキャリアを始めるずっと以前から、ジャーナリズムに興味を持っていた。興味を引かれる要素の1つは、ジャーナリズムによって語られる話が単純に間違っているだけでなく、盛大に、時には滑稽なほどに間違っているからだ。友人や同僚とそうしたエピソードをよくネタにするし、特に「切り抜いて取っておけばよかった」と思うような間違いは話すのも聞くのも楽しい。

たとえば、かなり昔、1991年のばかげたほどに間違ったあの記事は今でもよく覚えている。ロシア政府内の強硬派グループが、改革派のゴルバチョフに対してクーデターを起こしたのだが、その記事は、これでソ連がグラスノスチとペレストロイカ以前の時代に逆戻りしてしまいそうだと警告していた。そしてソ連政府高官たちは、クーデターで見せつけたのと同じ「冷酷なまでの狡猾さ」で統治するようになるだろう、と。

その後すぐに、クーデター計画がいかに無謀だったかが判明して記事が完全に間違いだったことが分かったので、これはほとんど笑い話で終わった。全てはかっきり3日間で潰され、読者が新聞の束を捨てるよりも先に、当該記事は完全なる誤報になった。僕がこの件に興味を抱いた大きな理由は、じわじわとソ連崩壊へと向かいつつあった巨大な社会的・経済的動きを筆者が全く考慮に入れていなかったこと。筆者は、ほんの数人の集団が時計の針を1977年に戻せるとでも考えていたようだった。

ロシア人移民がノルウェーに?

おもしろいことに、僕の友人の1人が気に入っている間違い記事もまた、ソ連崩壊がらみのものだ。ある新聞が、大勢のロシア国民が経済的苦境と大混乱に陥るだろうと予想したが(これは正しかった)、より具体的な内容に踏み込んで、大規模な国外脱出が起こるだろうと断定し、さらに具体的に、膨大な数の飢えたロシア人移民がノルウェーのある小さな町に押し寄せるだろうと報道した。

たぶん、ロンドンにいる編集者たちが地図を見て、(北極圏のかなり上のほうで)ロシアがノルウェーと国境を接していることを知って驚き、ここから西側諸国に渡るのでは、と疑問を口にした、という流れなんじゃないだろうか(僕の友人によれば、ずっと長い国境を接していてより渡りやすいフィンランド国境ではなくて、あえて何百キロも遠く離れた極北の地をロシア人たちがなぜ、いかにして目指さなければならなかったのか、という点は記事に書かれていなかったらしい)。言うまでもないが、これは現実にはならなかった。キルケネスというこの小さな町の名が有名になることはなく、でも僕と友人がその名を知っているのは、この記事のためだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story