コラム

低金利時代が招く「堅実な中流」の崩壊

2021年06月02日(水)14時15分

僕はこれまで、自由市場においては借りるコストと貸すコストの間には大きな開きがあるものと思い込んでいた。だから、1万ポンドを借りる(そして年間700ポンドの利息を払う)のと1万ポンドを預金する(だいたい年間500ポンドの利益を得る)のでは、大きな違いがある。「必死な」債務者と、資産が勝手に増えていく債権者の間にはいつでも重大な分断があった。ところがその差は今、あまりに小さく無意味になっている。堅実に貯金しても実質的に何の見返りもなく、浪費で借金しても何の罰もない、というのは僕の中流階級的価値観にとってはかなり目障りだ。

先日僕はちょうど、最近住宅ローンを超低金利のものに借り換えたという友人を訪れた。たまたま彼と同じ銀行に、僕も預金口座を作ったばかりだった。数百万ポンドを借りた友人が支払う金利よりも、僕に支払われる利息の方が高かった。

ローンはできる限りゆっくり返済して、その代わりに余った金を預金口座にためていったほうがお得だと、友人が判断したのは当然のこと。ローンはいつだってできるだけ早く返済するべきだ、という従来の理論とは真逆の事態だ。それは銀行が「太っ腹」だという以上の意味がある。銀行は数年間金を借りてもらうために実質、彼に金を支払っていることになるのだ。

みんなが「中流」をやめてしまったら?

今日、住宅ローンを調べてみたら、金利1.39%のものを見つけた。現在のインフレ率(1.5%)よりも、政府目標の2%よりも低い金利だ。言い換えれば、実質的にはマイナス金利に突入しているということ。僕は思わず、自宅を担保にして借金することを考えてしまった。50代にはローンを完済して「ローンからの解放」を目指す、という中流階級の伝統とは完全に逆を行く。

借りた金の半分を投資に回し、残り半分を有形資産、たとえば外国の別荘とか、に投入することもできるのでは、と計算してみた。それでもローン返済コストがこんなにも低いのだから、リスクは最小限で済む。

こんな疑問が浮かぶ。イギリスの中流階級が大挙してこの論理に従い、健全な銀行預金残高を目指して働くのではなくて年配になってからでも喜んで大きな借金を抱える人だらけになったら何が起こるのだろう? 昔ながらの原則を守り続ける堅実な人々が経済的安定(それこそが伝統的にイギリスの財源を支えてきた)を得られなくなったらどうなってしまうのか? つまり、中流階級が中流階級的であることをやめてしまったら大変なことになるのでは?

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インドネシアGDP、第1四半期は予想上回る 見通し

ビジネス

バークシャー株主総会、気候変動・中国巡る提案など否

ワールド

イスラエル軍、ラファ住民に避難促す 地上攻撃準備か

ワールド

ロンドンなどの市長選で労働党勝利、スナク政権に新た
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story