コラム

とんでもない失言と共に親近感を英王室に遺したフィリップ殿下

2021年04月26日(月)14時30分

失言癖のフィリップ(左)との対比で女王は模範的に見えた(1947年) KEYSTONE-FRANCEーGAMMA-KEYSTONE/GETTY IMAGES

<英エディンバラ公フィリップ殿下はとんでもない失言の数々で物議を醸したが、おかげで彼は英王室らしからぬ親しみやすさを感じさせた>

4月に99歳で亡くなったイギリスのエディンバラ公フィリップ殿下について、僕が独自の見解で語れることは何もないが、人々が口にし続けているように、国家に対する彼の「永年の貢献」のあらゆる素晴らしい点については感銘を受けたし、70年以上にわたる「エリザベス女王の配偶者」という難しい役割にも胸を打たれた。もちろん、これらは疑いようのない真実。でも僕は、むしろもっと目につく彼の失言癖についてほとんど触れられていないことに驚いた。

国民の間ではそれこそが一番知られていたこと。ある意味、彼の一番記憶に残るところだ。誰かが亡くなったとき、特にその人が「国家を代表する人物」である場合、その人を悪く言ってはいけない、という空気があるのは承知している。でもそれを全て控えるのは「服従」に等しく、それこそイギリス人の国民性とも僕たちの君主制に対する姿勢とも懸け離れていると思う。僕たちの英王室の受け止め方は、彼らが批判を免れる存在ではない、という大原則に基づいている。

フィリップの失言は数多く、時には単に「気が利かない」では済まされないこともあった。彼の失言癖がどの程度だったかと言うと、イギリスのある新聞がフィリップの90歳の誕生日に合わせて90の「トンデモ発言」リストを作成したほどだ。

彼があまりに頻繁に失言をするから、これは女王を立派に見せるための見事な戦略なのではないかと言われることさえあった。女王は70年近くに及ぶ在位中、めったに失態を犯したことがない。フィリップの度重なる失言によって、対比で女王は模範的に見え、彼女がむしろ(立場上)退屈に見えるという事実はぼやかされた――口に出すのはたいてい陳腐な決まり文句、いつも笑顔で、手を振って。

もしもフィリップが目立たずおとなしい存在だったとしたら、理屈の上では女王は今のように「たぐいまれなる」人物と言うよりむしろ単純に「任務に忠実な」君主に見えたことだろう。

時代に付いて行けない大おじさん

フィリップ殿下の失言は、僕の見るところ、2つのカテゴリーに分けられる。1つは、誰かを不快にさせるかもと思いつつ、自分が面白いと思ったことを「ふざけて」口に出して面倒を起こすというパターン。そしてもう1つは、回数は多くないが、ひどい認識不足にもかかわらず、物議を醸す話題に踏み込んでしまうというパターンだ。

最も有名な例は、国賓として中国を訪問したとき、イギリス人留学生に「ここに長くいると目が細長くなってしまうよ」と言ったことだ。人々の受け止め方は、不快/ばかげている/単に笑えない/ちょっとしたおふざけだろ、とさまざまだった。

一方、こちらはもっと危険な部類に入る。スコットランドのダンブレーン小学校での銃乱射事件を受けて、英政府が銃規制を強化しようとした際に見当違いの口出しをしようとした時のことだ。フィリップは意味もなく、学校がクリケットバットで襲われたとしてもバットを禁止することはできないだろう、と発言した。まるで、5分足らずで16人の児童を殺害し、15人を負傷させ、教職員が助けに入る間もなかったあの大惨事が、バット1本で引き起こせたとでも言うかのように。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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