コラム

「ブレグジット後悔」論のまやかし

2016年06月30日(木)17時10分

 あくまで反証のために言っておくと、「間違った情報に踊らされて離脱に投票した人は大勢いた」のかもしれない。では反対に、残留に投じた人はどうだろうか。僕は、残留に投票した人は文字通り残留に投票したのだと認めよう。ただし、多くの人々が「改革されたEUへの残留」(この表現は残留派キャンペーンで何度も使われた)に投票したと考えるのが妥当だろう。「改革された」と過去形を使うのは、この場合はおかしな話だ。本当のところこの言葉の意味は、「EUにとりあえず残留して、これからEUをわれわれにとってもっと都合のいい組織にするために改革しようと努力する」ということなのだから。

 問題は、イギリス政府は国民投票の前にさんざんこの努力を重ねてきており、ほとんど実を結ばなかったという点だ。だからこそ国民は、離脱を望んだ。これまでのブリュッセルのEU本部のやり方を見れば容易に想像がつく。EUは、僕たちが残留を選んだ瞬間に、「イギリスの課題」は解決したと判断するだろう。そして近い将来に、あっけなくこの問題に幕引きを図るに違いない。改革(たとえば域内の移動の自由や連邦主義、ビジネスの障壁となる規制などの問題への改革)を実現するチャンスはこれまで以上になくなる。「イギリスは残留を選んだ。さあ、さらなる統合の未来に突き進もう」となるだけだ。

【参考記事】守ってもらいたい人々の反乱──Brexitからトランプへ

 これもあくまで一つの論として付け加えておくなら、もしも残留に決まっていた場合、きっと残留に投票した人の多くも、後々自分のしたことを後悔するようになると思う。

手に入れた自分の家

 最後に、今回の結果に疑問を唱える声が出ているのは僕も承知している。でも、誰かが疑念を口にしているらしい、というのと、その彼らが投票結果を(実際には覆せないけど)覆そうと積極的に動いている、というのはまったくの別ものだ。彼らの心境は「買った後の後悔」と呼ばれるもの。心理学上よく知られた状態だ。ブレグジットは大きな決断であり、人間は大きな選択をするときにどうしてもある程度の不安や恐怖を感じるようになっているらしい。

 僕はまさにその感情を、自分の家を買った日に味わったのをよく覚えている。家の中に座り込み、不安で気分さえ悪くなっていた。どうして僕はこれまでの蓄えをつぎ込んで、この暗くて寒くてかび臭い、これまでに3回しか見学していない家を買ったんだろう? もちろん僕は、これ以上ないほど事前リサーチしたこと、修繕の必要があるところや覚えなければいけないことはたくさんあるもののどうにかやっていけるだろうと判断したことを思い出して、自分の気持ちを落ち着かせた。

 それから5年がたった今、自分の家を買ったことがこれまでに経験した何よりも僕を力づけ、自由にしてくれた、と僕は自信を持って言うことができる。この例がイギリスの状況にも当てはまることがお分かりいただけると思う。困難な道のりになるだろうし、不安にもなるだろう。それでも僕たちは今、自分の家を手に入れたのだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

住商、マダガスカルのニッケル事業で減損 あらゆる選

ビジネス

肥満症薬のノボ・ノルディスク、需要急増で業績見通し

ビジネス

シェル、第1四半期利益が予想上回る 自社株買い発表

ビジネス

OECD、世界経済見通し引き上げ 日本は今年0.5
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story