England Swings!
インドから来た100歳の妹
ロンドンで暮らすようになって、世界各地の人と知り合う機会が増えた。名前さえ知らなかったカリブの小さな国から来た人に出会ったり、遠いとしか認識していなかった中東の食べものや習慣を学んだりする。世の中には知らないことがまだまだあるよと教えてくれる刺激的な友人たちだ。
けれど出会いがあれば別れもある。大切な友人の中でも最年長だったNが、去年の暮れに亡くなった。御年100歳の大往生だった。
最初にNに会ったのは10年前だった。肌触りのよさそうな生地の長めのチュニックに、共布のゆったりしたパンツとスカーフという姿の彼女がフラット(共同住宅)の敷地を歩いてきた。とても華奢な人で、近づくと、歩く動作から想像するよりずっと若く見えた。「いいお天気ね」と言った第一声には、インド方面の訛りがあった。
誰にでも気軽に話しかけるので、ご近所ではちょっとした有名人と後で知ったけれど、祖母と長く暮らしておばあさん大好きなわたしは大喜びで話し込んだ。
あんまり元気なので90歳と聞いて驚きつつ、わたしたちはすぐに親しくなった。お茶に呼んだり呼ばれたり、紅茶をピンク色にする方法を教わったり、見事な細工のサリーを見せてもらったり、わたしの着物姿を見てもらったり、本を貸し借りしたり、映画に行ったり。
Nはご主人を亡くしてからずっとひとり暮らしだった。フラットの中でもいちばん広い間取りのゴージャスな部屋に住んでいたのは、「家族がいつでも泊まれるように」だ。90歳を過ぎても毎日車を運転して、水泳やヨガ、小学校での読み聞かせ、買い物と規則正しく出かけていた。見ているこちらがどきどきするような運転だったけれど、本人はいたって楽しそうだった。彼女が敷地内で駐車を始めると、ご近所みんなが窓から固唾をのんで見守った。
おもしろおかしい話が好きなNとは、失敗談やばかばかしい話を披露し合っては大笑いした。アジア出身の者同士、何か通じ合うものもあったのかもしれない。軽い認知症の症状が出始めてからは、わたしを妹さんと間違えることがあり、でもすぐに自分で気がついてぷっと吹き出すのだった。かわいい。
Nのお姫さまエピソードを聞くのも楽しみだった。実家にはインド料理と西洋料理の2人の調理人がいて、暑い日には氷を敷き詰めた上にカーペットを敷き、その上に座る彼女や妹たちを召使が扇であおいでいたというのだ。世が世なら、わたしなんかが近づくこともできないお嬢さまだったに違いない。
著者プロフィール
- ラッシャー貴子
ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。
ブログ:ロンドン 2人暮らし
Twitter:@lonlonsmile