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南米街角クラブ

島田愛加|ブラジル/ペルー

型破りのファーストレディ、ブラジル大統領就任式の服装が話題に

大統領府のスロープを登るルーラ大統領(中央)と夫人(左)、市民代表たち(photo by Lula.com.br)

2023年1月1日、ルーラ大統領の就任式。
接戦の末、僅差でボウソナロ前大統領を破ったルーラ新大統領は、当選後のスピーチで印象的だった「2つのブラジルは存在しない。自分に投票しなかった人々も含め、全てのブラジル国民のために最善を尽くす」という言葉を就任式でも繰り返した。

就任後、大統領が最初に署名した法令はボウソナロ政権下に公布された法令の「失効」であった。
選挙の公約として掲げていた銃規制や、世界的にも注目されているアマゾン森林破壊に関係する法令だ。これによって2019年にストップされたドイツとノルウェーからのアマゾン支援基金が再開されることになる。
また新たに先住民省を設置し、アラリボイア先住民地区出身のソニア・グアジャジャラが大臣に就任することも注目されている。

|大統領綬は誰が渡すのか

ルーラ氏の当選が正式に発表されてから話題になっていたのは、就任式に大統領綬(太いたすき)を誰が渡すのかということだった。
平和的な権力移行の象徴として前大統領からのたすきがけが行われてきたのだが、ボウソナロ氏は依然ルーラ氏の当選を認めておらず、就任式に欠席の意向を伝えていた。その通り、ボウソナロ夫妻は関係者と共に12月30日に米国フロリダへ出発。ボウソナロ政権の副大統領もその任務を拒否したため、ニュースでは政界の誰かがたすきを渡すのではと予想されていた。

就任式当日、大統領府にてたすきを渡す場面になるとブラジル市民代表たちが現れた。
どこかで見た事がある人だなと思えば、先住民の重要人物であるハオニ酋長だった。ルーラと腕を組み、他の市民と共にスロープをあがっていく。 たすきは市民たちの手を渡った後、アフリカ系ブラジル人女性のアリーニ・ソウザ氏によって新大統領にかけられた。
この際、音楽はブラジルを代表する作曲家エイトル・ヴィラ=ロボスの代表作ブラジル風バッハ第2番が使用された。

たすきを渡したブラジル市民代表
フランシスコ(10歳)都市近郊の低所得者が暮らす地域出身、ジュニア水泳市内大会チャンピョン。
アリーニ・ソウザ(33歳)14歳からウェストピッカー(再生資源回収者)として働く。ウェストピッカー組合の会長。
ハオニ・メトゥクチレ酋長(90歳)アマゾンの先住民カイアポ族。先住民保護のため国際的に活躍する。
ウェズリー・ホーシャ(36歳)冶金工場員。政府の教育プログラムで大学を卒業。DJとしても活躍。
ムリーロ・ジ・クアドロス(28歳)ポルトガル語教師。コロンビアで教鞭をとっていた。現在はクリチバ在住。
ジュシマーラ・ドス・サントス(45歳)ルーラ氏が収監されていた際、パンを差し入れしていた料理人。
イヴァン・バロン(24歳)3 歳でウイルス性髄膜炎を患い脳性まひに。障がい者差別をなくすために活動するインフルエンサー。
フラビオ・ペレイラ(50歳)職人。ルーラ氏収監時に釈放を求め徹夜集会に参加。
ヘジステンシア(?歳)ジャンジャ夫人が保護し、夫妻が飼っている雑種の犬。

「感動した」「わざとらしい」など賛否両論はあったが、この大統領府のスロープを登るルーラ大統領と市民たちの写真はニューヨーク・タイムズの一面となった。

実はこの演出を考えたのはファーストレディとなったジャンジャ夫人。
大統領選でも目立っていたジャンジャ氏は、アルゼンチンの雑誌で「ルーラの守護神」として表紙を飾り、「ブラジルのエビータ」とも呼ばれた。
エビータの愛称で親しまれたフアン・ペロン元大統領夫人のエバ・ペロンは夫以上に有名になった人物かもしれない。 ジャンジャとエビータの生い立ちはかなり異なるが、夫と共に闘う姿、そして目立ってしまう部分は似ているかもしれない。

|「ファーストレディのイメージを変える」

ジャンジャことホザンジェラ・ルーラ・ダ・シルヴァはブラジル南部パラナ州生まれの社会学者。
パラナ連邦大学を卒業し、MBAを取得。州立大学で教鞭をとった後、ブラジルとパラグアイの重要な水力発電所であるイタイプダムで局長補佐を務めた経験もあるバリバリのキャリアウーマンである。

17歳からルーラの政党である労働者党(通称PT)に参加し、特にルーラが汚職疑惑で収監された際には釈放にむけて積極的に支持者をまとめあげ、ルーラの面会に通った。この頃に交際がスタートし、2019年に正式にルーラの恋人として紹介された。
ルーラは1969年に一度目の結婚をしたが2年後に妻が他界、1974年に二度目の結婚をし、妻のマリア・レチシアはルーラが第35代大統領を務めた際にファーストレディとして活躍したが2017年に亡くなっている。
ジャンジャとの結婚は三度目、歳の差は21歳である(余談だがボウソナロ元大統領と夫人は25歳差、ミシェル・テメル元大統領と夫人は43歳差)。

ジャンジャは昨年の大統領選挙でも非常に目立っていた。
Tシャツにジーンズ姿、選挙カーでは飛び跳ね、口を大きく開けてリアクションする姿は一般的な「政治家の妻」というイメージとはかけ離れている。 そして何よりその行動力には驚かされる。
彼女はルーラ派のアーティストらに積極的に連絡をとり、大統領選の応援だけでなく就任式の音楽フェスティバルまでコーディネートしてしまったのである。

このフェスティバルは「未来のフェスティバル」と称され、就任式と同時進行で開催された。
入場無料、フードトラックにはブラジル全土の郷土料理が出展された。LGBT+や障がいを持つ人が安心して参加できることを約束し、アクセシビリティの監修はイヴァン・バロンが行った。

ジャンジャは夫が参加する殆どの会議に同行し、「ファーストレディという役割に新しい意味をもたせたい」と、就任式前から意欲を語っていた通り、就任式で早速その存在感を示した。 彼女自身は特に女性の人権と動物保護に力を入れている。

|就任式の服装にこめたメッセージ

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左からジャンジャ夫人、ルーラ大統領、アルキミン副大統領、ルー夫人(photo by CLEIA VIANA/CÂMARA DOS DEPUTADOS

就任式の演出と合わせてインターネット上で話題になったのは、ジャンジャの服装だった。

大統領夫人は就任式でドレス(ワンピース)を着るのが恒例となっていたが、ジャンジャはゴールドにも見えるベージュのパンツスーツで登場した。
カシューナッツとルバーブによる天然染めで、ブラジルの藁(わら)を使った刺繍が施されているシルクのスーツは、「ブラジル国産のファッションを守りたい、ブラジルを象徴する衣装で登場したい」というジャンジャの提案だった。
労働者党のカラーである赤色を選ばなかったのも、周りとの調和を大切にすることにしたからだそうだ。同じくルーラも党を象徴する赤色のネクタイを選ばなかった。

普段のジャンジャはミディアムヘアに眼鏡がトレードマークだが、この日は髪をまとめ、眼鏡を外していた。
「お祝いというよりも、仕事モード」という印象と、ファーストレディが装飾的な立ち位置ではないことを主張しているようにも感じられる。
就任式後、音楽フェスティバルに合流した際は青色のイブニングドレスを着用していた。

|ジャンジャの服装に賛否両論

これまでのジャンジャの行動を見てきて、私は彼女が就任式でドレスを着ないのではと予想していた。
予想通り就任式にパンツスーツで現れ、予想通り世論も分かれた。 多くの女性がジャンジャを支持しているようだが、否定しているのも女性というのが興味深い。

ついにはこの就任式のスーツに対する論争はリオデジャネイロのサンバ界にまで飛び火してしまった。

熱心なボウソナロ派と言われるインフルエンサーのアントニア・フォンチネリは就任式のテレビ中継を見ながら「ジャンジャの服装はインペラトリス(サンバチーム)の年長組が着るスーツみたい。なんでインペラトリスかって?なんの特徴もない退屈なチームだから」と自身のインスタグラムのストーリーに投稿。 それをみたサンバ関係者たちは激怒した。

サンバチームの年長組(ベーリャ・グアルダ)というのは、チームの繁栄に貢献してきた功労者で尊敬されるべき人たちである。
アントニアの発言はチームだけでなくサンバカーニバルの歴史を侮辱し、誤った印象を与えるとして、インペラトリスは公式文書でアントニアを否定、同時にジャンジャにチームのゴッドマザーとしてのパレード参加を正式オファーした。これに対して他のサンバチームもインペラトリスを支持している。

ジャンジャ否定は服装だけではない。
労働者党内でも、ジャンジャの目立った行動について否定的な意見を述べる年配組もいるようだ。
確かにカリスマ性あるルーラに引けを取らないほどジャンジャの存在は際立っており、ルーラもジャンジャの提案を受け入れているように思える(スピーチでは女性の人権と動物保護についても強調していた)。

大統領選挙中にボウソナロ前大統領であるミシェリ夫人が「妻は夫を"手伝う"」と発言した際、それに対してジャンジャは「私はルーラのお手伝いじゃない。一緒に"闘う"!」と言った通り、ファーストレディとなった今、彼女は更に意欲的に行動するだろう。

ルーラ大統領はブラジルを急成長に導いたクビシェッキ大統領のスローガン「50年の進歩を5年で」を引用し、「40年の進歩を4年で」と発言。今期限りで政界を引退することを決めている。
ルーラの後継ぎは長年可愛がっているハダッジ財務相と言われているが、ジャンジャの活躍によっては将来政界入りの可能性もあるかもしれない。

【今日の1曲】
エイトル・ヴィラ=ロボスの代表作『ブラジル風バッハ』第2番、第4楽章は「O trenzinho do caipira」(田舎の列車)はブラジルを象徴する作品。この曲はのちに歌詞をつけられ子供番組などでも使用される。ヴィラ=ロボスはブラジルの音楽教育プログラムに貢献した人物で、実は政界とのつながりも強かった。

 

Profile

著者プロフィール
島田愛加

音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。

Webサイト:https://lit.link/aikashimada

Twitter: @aika_shimada

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