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アルゼンチンと、タンゴな人々

西原なつき|アルゼンチン

ミレイ政権発足から4カ月。変化していくアルゼンチン経済、「痛みを伴う改革」に国民の反応は?

(IMAGE_MateoMaidana_Wikimedia Commons)

昨年末、アルゼンチンで自由主義ハビエル・ミレイ政権が発足して120日が経ちました。
トランプ元大統領との面会やダボス会議での発言に世界から注目を浴びるなど、何かとその動向に関心が集まるミレイ氏ですが、国内の影響や反応はどうなのでしょうか。

これまでのアルゼンチンのポピュリズムから大きく方向転換して舵を切るミレイ新政権。
痛みを伴う改革」と政府も発表しており、彼のプランの最初のステップは「国民の消費を減少させてインフレ率を抑え、マクロ経済を整える」というものです。
120日が経った今、実際インフレ率は抑えれているのか?というと、今は月のインフレ率が10%程度と前政権の昨年末の数字とほぼ同じですが、この数カ月のうちに減少に向かうだろうと言われています。(数字だけ見るとこの3カ月で減少していると報道されていますが、就任初月に25.5%と大きくインフレ率が上昇したところから比較しての減少なので、年比較すると変わりません。)

具体的な消費を抑えるための政府のやり方としては、インフレ率に伴う給与や予算の値上げを実行しない・または値上げしてもインフレ率に伴わない額面→物の値段は上昇し給与は減少する、ということになるので、単純に家計は厳しくなり、消費活動が出来なくなる・節約モードになる、いう仕組みです。
これは地方予算、国立の大学や研究所への予算にも同じことが起きています。

現実にインフレ率が落ち着くだろうと言われているのは今年の6月以降であると言われています。次の段階としては例えば銀行がクレジットを発行することができるようになるだろうと言われており、例えば家や車をローンで買えるようになるなど、国民の消費の仕方も変わってくる、というものです。
(今現在は1年後のインフレ率が想像できない事などから、一部の富裕層以外はローンを組むことができません。大きな買い物をしたい場合、現金一括払いが基本です。)

それによる国民の生活の変化

それに伴って何が起きているかと言うと、従業員の給与値上げをしないわけにはいかない企業、インフレに伴い予算は足りない→従業員を解雇していかざるを得ない、というケースも増えています。

リストラ問題で深刻なのは、政府職員。3月末のイースター休暇の直前に「解雇通知や契約更新無しの通知が7万人に届く」とミレイ大統領からの公式会見がありました。
これは、ミレイ大統領の当選前のパフォーマンスでも話題になっていた「チェーンソー」プランで、とにかく不要なものを切り捨てていく、というものを有言実行する形です。
この発表では、ミレイ大統領は契約未更新という形で職員の切り捨てを実施できることを「とても光栄に思っている」と発言しており、お祝いモードでメディアに対応していたことがとても印象的で、多くの人々の反感を買い、大規模ストライキにも繋がりました。

ここにはアルゼンチンの根深い問題が潜んでいて、政府職員の中には「実際には働いていないけれど登録されており給与だけ受け取っている」人が多くおり、その人たちを淘汰していくという目的。
ただ、解雇されている人たちの中には正しく働いている人も含まれており、現段階、この4カ月で解雇通知があった政府職員の人数は24000人。
7万人まであと46000人・・・次にチェーンソーの餌食になるのはだ~れだ?というホラー映画のような状況です。

またそのチェーンソーでカットされているのがあらゆる領域の国からの補助金です。
ガソリン代、ブエノスアイレス市内の公共交通料金、光熱費、地方への予算、また国内全土の公共工事には国が一銭も出さない、などが挙げられます。昨年から工事が始まっていた新しい公共病院や国の原子炉の工事は途中で中止となり、現在放置されている状態です。

国民全体に共通して及んでいるテーマは、光熱費の上昇。今月はガス、電気、水道代と通してこれまでの約3~5倍の値段になりました。

そして現在リアルタイムで問題になっているのは教育部門です。国立大学への国からの予算は2023年と同額と発表があり、存続自体が難しくなっています。(1年のインフレ率は287%)
教授たちの給与問題、また大学の電気代を払うことすらできなくなっており、学生たちが勉強や研究を続けていくことが難しく、今週は大規模な大学生・大学関係者たちによるデモが行われます。

またアルゼンチンは実はバイオテクノロジー・ナノテクノロジーが進んでいて、380の企業・スタートアップが存在し、その分野では世界でもトップ10に入るレベルを持っています。参考記事
その発展を担っているのは国立大学(UBA)、そして国立科学技術研究所(CONICET)で、アルゼンチンのテクノロジーに関わる企業全体の88%がこの2つの機関と大きく関わっています。
しかし、この研究所も国立大学と同様の扱いを受けており、研究者たちの解雇やこれまで出ていた予算の大幅カットにより、こちらも存続の危機に至っています。


他にも、アルゼンチンの国産映画制作を全面的にサポートしている国立映画研究所・映画学校の廃止は、ミレイ大統領の選挙前の公約でもありましたが、現在公約通り廃止に向かっており、世界中の映画監督をはじめ映画関係者たちからの反対署名が集まっています。

自由主義が与える影響、「値付けの自由」

大統領就任直後に施行した緊急大統領令により、366項目の法律が改変されました。
その中に含まれていた「値付けの自由」を目指す法律改変により、家賃と医療保険料が大幅に上昇していることも問題になっています。
家賃に関しては、今まで家主と借主の間にあった規律がなくなり、契約内容も家主が自由に決めることが出来るようになりました。
これまで家賃は法律的には国内通貨のみ可であったのが、米ドルでもなんでもOKになり、インフレも相まって家賃相場はつり上がっています。

医療保険料もこの4カ月で大きく値上がりし、月々のインフレ率を越えています。(これまでの保険代の予算としては平均月給の18%程度であったものが、現在は30%を占めています。)払えなくなって解約した人も多く、これは中流階級層へのダメージが大きい、と問題視した政府から主要な保険会社への値下げ交渉があったものの、「ミレイ大統領が出した新しい法律の効力はまだ続いている」ということで交渉は成立せず、現在はその政府が改めて法的措置を取っているところです。

また公立病院ではがん患者たちへの抗がん剤治療が中断されるなどしています。
予算がカットされこれまでの治療が同じようには提供されないので、プラスのお金を払える人のみが治療対象、という状況です。
また公立病院でも緊急手術から優先して行っているので、緊急度の低い手術の大幅な延期などをはじめ、こちらも問題になっています。

Profile

著者プロフィール
西原なつき

バンドネオン奏者。"悪魔の楽器"と呼ばれるその独特の音色に、雷に打たれたような衝撃を受け22歳で楽器を始める。2年後の2014年よりブエノスアイレス在住。同市立タンゴ学校オーケストラを卒業後、タンゴショーや様々なプロジェクトでの演奏、また作編曲家としても活動する。現地でも珍しいバンドネオン弾き語りにも挑戦するなど、アルゼンチンタンゴの真髄に近づくべく、修行中。

Webサイト:Mi bandoneon y yo

Instagram :@natsuki_nishihara

Twitter:@bandoneona

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