
イタリア事情斜め読み
イタリアの実質賃金が上がらないワケ

| イタリアの給与が上がらない理由とその背景
経済の停滞、税負担、投資不足が影響している
イタリアの給与がなぜ上がらないのか、その原因は多岐にわたる。
2008年以降、イタリアの給与は8.7%減少しており、生活水準が低下している現実がある。給与の増加が見込めない背景には、経済の停滞、過剰な税負担、企業の投資不足が深く関わっている。これらの要因が絡み合うことで、イタリア経済は厳しい状況にあり、一般市民の生活も苦しくなっている。
| 経済の停滞とインフレによる影響
イタリア経済の長期的な停滞
2008年の金融危機以来、イタリアの経済成長は低迷し続けており、GDP成長率はほとんど上がっていない。
製造業などの基幹産業が国際的な競争にさらされる中で、イタリア経済は相対的に弱体化していった。このような経済の低成長は、企業が従業員に対して十分な賃金を支払う余裕を奪っている。
企業が給与を引き上げる余裕がないため、労働者は安定した収入の増加を期待できないのだ。
また、インフレ率の上昇も問題を悪化させている。物価が上がる中で給与が追いつかないため、実質的な賃金は減少している。たとえば、過去数年間で生活費が急激に上昇しており、家庭の支出が増加しているにもかかわらず、給与がそれに見合って増加しないため、家計はますます圧迫されている。
この「購買力の低下」は、給与の増加を待つことができない理由の一つである。
| 高い税負担と国家の債務
イタリアの高い税負担と、それに起因する経済的な問題
イタリアは、ヨーロッパの中でも最も高い税率の一つを誇る国の一つである。これは国家の膨大な借金を返済するために必要な財源として、税収を確保するためである。政府は税金を増やすことで、公共サービスを維持し、国の債務を管理しようとするが、これが企業と労働者に重くのしかかっている。
特に、イタリアの企業はこの税負担に苦しんでいる。
企業は収益を得ても、その一部は税金として徴収され、残りの利益で給与を支払うことになる。
この税負担が企業の成長を妨げ、給与の引き上げが難しくなる原因の一つだ。企業は税負担を軽減する方法を模索するが、それが従業員への給与増加に結びつくことは少ない。
政府が税収を確保するために従業員からの税金を増加させると、企業側にとってはさらに給与の引き上げが困難になる。
イタリアの個人所得税(IRPEF)は累進課税方式で、最高税率は43%である。これは年収75,000ユーロ超の所得に適用される。その他の税率区分は、15,000ユーロまでが23%、15,001〜28,000ユーロが25%、28,001〜50,000ユーロが35%、50,001〜75,000ユーロが43%となっている。
付加価値税(IVA)の標準税率は22%で、これは日用品やサービスに適用される。また軽減税率として、一部の食品や医薬品には10%、特定の基本的食料品や書籍には4%が適用される。
法人税(IRES)は現在24%だが、地方事業税(IRAP)が地域によって約3.9%加算されるため、実効税率は約28%程度になる。
他の欧州諸国と比較すると:
- フランス:法人税は25%、個人所得税の最高税率は45%、付加価値税(VAT)の標準税率は20%
- ドイツ:法人税は約30%(連邦法人税15%+連帯付加税+地方営業税)、個人所得税の最高税率は45%、VAT標準税率は19%
- スペイン:法人税は25%、個人所得税の最高税率は47%、VAT標準税率は21%
- イギリス:法人税は25%(大企業)、個人所得税の最高税率は45%、VAT標準税率は20%
- スウェーデン:法人税は20.6%、個人所得税の最高税率は約52%、VAT標準税率は25%
北欧諸国(スウェーデン、デンマーク、フィンランド)は一般的に個人所得税率が高く、最高税率は50%を超えることがある。一方、東欧諸国は比較的低い税率を設定していることが多く、例えばハンガリーは法人税が9%、個人所得税は一律15%である。
イタリアは特に個人所得税と付加価値税において、EU平均よりも高い水準にあると言える。
国家の債務が膨らむ中で、イタリア政府は財政赤字を減らすために税金を引き上げる一方、公共サービスの質や量が低下していることも問題である。
教育や医療、インフラ整備などの分野において、政府の支出が減少しており、国民の生活の質に影響を及ぼしている。これがまた、経済全体の成長を抑制し、給与の増加を阻んでいる要因となっている。
| 企業の投資不足と生産性の低さ
企業の投資不足が問題
イタリア経済が直面しているもう一つの重要な問題は、企業の投資不足である。
イタリアの企業は、新しい技術や設備の導入に消極的で、これは企業が持つ資金的な余裕の不足や、経済の不透明さから来る不安感によるものである。しかし、技術革新や設備投資の不足は、生産性の低さを招き、それが企業の収益性にも影響を与える。
生産性の低さは、賃金の停滞をもたらす直接的な原因の一つである。
生産性が上がらなければ、企業はその分、従業員に給与を増やす余裕を持たない。さらに、企業が新しい技術や設備に投資しないことで、国際市場での競争力も低下し、経済全体の成長が抑制される。その結果、イタリアの企業は世界市場でのシェアを失い、安定的な収益を得ることができなくなり、賃金の向上も期待できない。
| 脱税と税収の不均衡
イタリアでは脱税が横行
イタリアは脱税が多いことが問題である。これが税収の不均衡を引き起こしている。
脱税は、税金を支払わない企業や個人が利益を得る一方で、真面目に税金を納めている企業や労働者がその負担を背負うことになり、経済の不平等が拡大する原因となる。この不平等は、税負担の増加を引き起こし、企業が給与を上げることができない要因となっている。
脱税が蔓延すると、政府はその分を他の納税者から集めざるを得なくなる。そのため、納税者はますます高い税金を負担することになり、企業や個人の経済的な負担は重くなる。脱税を防止し、税収を公平に分配することが必要だが、イタリアではその対策が十分に進んでいない。
| 政治の無力さと改革の欠如
イタリア政府による長期的な経済改革の見通しがついていない問題
イタリアの経済問題を解決するためには、政治の実行力が不可欠である。
しかし、イタリアの政治はしばしば経済改革に消極的であり、効果的な改革が行われていない。
与党も野党も経済問題について議論を行うが、実際に改革を実行するには至っていない。
政治家たちは短期的な政治的利益を優先し、長期的な経済改革には手を付けないことが多い。
改革が進まなければ、経済成長を促進するための環境が整わないままである。
税制改革や労働市場改革などが行われない限り、イタリアの経済は停滞し続け、給与が上がることはない。政治家が実行力を欠いたままであれば、イタリアの給与水準の改善は難しい。
イタリアの給与が上がらない理由は、経済の停滞、過剰な税負担、企業の投資不足、脱税、そして政治の無力さに起因している。これらの問題を解決しなければ、イタリアの給与水準は改善されないと思える。
企業の生産性を上げ、税制改革を行い、経済を活性化させるための抜本的な改革が求められる。
イタリアはその経済的な潜在能力を十分に発揮できるはずだが、それを実現するためには政治の変革が不可欠であるので、改革を実行し、労働者が適切な給与を得られる環境を作ることが、イタリアの未来を明るくする鍵となるだろう。

- ヴィズマーラ恵子
イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie