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ヴィズマーラ恵子|イタリア

スターリンクとイタリアの15億ユーロ契約:イーロン・マスクに渡す情報とは?

Shutterstock- NicoElNino

| 戦場に登場するスターリンク

ウクライナ戦争の現場では、白い大きな円盤型の物体が時折映し出される。それは、イーロン・マスクが提供する衛星インターネットサービス「スターリンク」の端末であり、ウクライナ軍にとって欠かせない通信インフラとなっている。この「スターリンク」が戦争の行方において果たした役割は非常に大きく、通信手段が戦争の勝敗を左右する現代戦における重要性を再認識させるものとなった。

スターリンクの端末は、ミサイルや戦車といった武器に負けず劣らず、戦場においてその存在感を放つ。ウクライナがロシア軍の侵攻を受けた2022年2月、ロシアによるサイバー攻撃によってウクライナの衛星通信網が停止した際、スターリンクは迅速にそのギャップを埋め、ウクライナ軍がドローンを使って精密な攻撃を行うことを可能にした。

これは、スターリンクがもたらした戦術的な優位性を象徴する一例であり、その後、スターリンクはイーロン・マスクの最も価値ある事業の一つとして、米国をはじめとする多くの政府にとって欠かせないインフラとなった。

| スターリンクの軍事市場進出

元々、スターリンクはイーロン・マスクが率いるSpaceXによって開発され、世界中の未開発地域や災害時のインターネット接続を目指してスタートした。しかし、ウクライナの戦争を契機に、その商業的な価値は爆発的に増大した。

政府や軍事機関にとっての需要が高まり、イーロン・マスクはその潜在的な市場を見越して、政府向けの契約を積極的に結ぶようになった。

イタリアもまた、スターリンクとの契約を検討している。
2025年までの5年間で15億ユーロ(約2415億円)の契約が提案されており、これはイタリアの軍事通信や外交のために提供される高速インターネットと通信端末を含んでいる。この契約が成立すれば、スターリンクはヨーロッパにおける軍事通信市場にも本格的に進出し、その影響力を拡大することになる。

| スターリンクの通信能力


イタリア政府がスターリンクに関心を寄せる理由の一つは、同サービスが提供する通信のスピードと信頼性である。スターリンクの衛星は、地球からわずか500キロメートルの低軌道に配置されており、従来の通信衛星に比べて通信の遅延が少なく、データの転送速度が非常に高い。そのため、現代のデジタル戦争において必要とされる大量のデータ転送や即時通信に最適な選択肢となっている。

従来の通信衛星は、地球から約3万6000キロメートルの高軌道に配置されており、そのため通信の遅延が大きく、戦闘時には致命的な欠陥となり得る。一方で、スターリンクの低軌道衛星群は、地球を90分で一周し、広範囲の地域をカバーしつつ、リアルタイムでのデータ転送が可能である。この高速で安定した通信能力は、ウクライナ戦争において、その価値を証明したと言える。

だが、スターリンクが持つこの能力にはリスクも伴う。
イタリア政府がこのサービスを利用することになれば、その通信データは最終的には米国政府の管理下に置かれることになる。これは、イタリアが他国との外交や軍事活動において、どれほど機密性が求められても、アメリカがその情報を容易に手に入れることができるという現実を意味する。

実際、アメリカの「クラウド法(Cloud Act)」という法律は、アメリカの企業が持つデータに対して、米国政府がどこにデータが保存されていようともアクセスできる権限を与えている。
イタリア政府がスターリンクを利用して得られる機密情報は、米国政府の手に渡るリスクが高まる。特に、軍事情報や外交の機密性を保つことが求められる場面では、このリスクが深刻な問題となり得る。


| 自国の通信インフラ強化


イタリア政府が直面しているのは、スターリンクを利用するか、それとも自国の通信能力を強化するかという選択である。

イタリアは、すでにいくつかの衛星通信システムを有しており、特に「Sicral(シクラル)」という衛星通信システムは、軍事や外交用途において十分な信頼性を持っている。
このシステムは、現在もイタリア国内外で利用されており、通信の機密性と安全性において一定の保証を提供している。

加えて、イタリアは衛星通信能力をさらに強化するため、900億円(約5,590万ユーロ)を投じて新たな軍事衛星を18基打ち上げる計画を進めており、これにより自国の通信インフラは大きく強化されることになる。これが実現すれば、イタリアはアメリカのスターリンクに依存する必要はなくなる可能性もある。


| スターリンクの利点と影響力


しかし、スターリンクが提供するサービスの能力は無視できないものであり、イタリアにとってもその活用のメリットは大きい。

特に、軍事通信においては、スターリンクの高い通信能力が非常に有益であり、戦闘時におけるデータの即時転送が可能となる。イタリア政府は、スターリンクを利用することで得られる利益と、それに伴うリスクとのバランスを慎重に検討する必要があるのだ。

イタリア政府がスターリンクとの契約を進める場合、他国との関係にも影響を及ぼすことが予想される。
アメリカ合衆国は、いわば「スターリンクの親」であり、その依存度が高まることで、イタリアの外交政策や安全保障に対する影響力も強化されることになる。特に、スターリンクを通じて収集された情報が米国政府に渡ることで、イタリアの外交政策が米国に左右される可能性がある。

イタリア政府は、これらのリスクをどう管理し、機密情報をどのように保護するのかという課題に直面している。イタリア国内における衛星通信インフラの強化と並行して、スターリンクの使用に関する透明性や契約内容の慎重な検討が求められるだろう。国家機密の保護を最優先にしつつ、外部の通信インフラに依存しすぎないようなバランスを取ることが重要だ。

今後の国際情勢において、イタリアがどのようにその衛星通信インフラを活用し、米国との関係を築いていくのかは、今後の外交戦略において大きな影響を及ぼすことになるだろう。スターリンクとの契約が実現するかどうかは、イタリアの国家安全保障戦略にとって、重要な分岐点となるのは間違いない。

| イタリア政府とスターリンク契約の可能性--クロセット国防大臣の見解

2025年1月、イタリア国防大臣のグイド・クロセットは、国会での質疑応答の中で、イタリア政府とイーロン・マスクが率いるSpaceXとの間で交渉が行われている可能性について言及した。
クロセット大臣は、これまで報じられていた1.5億ドル(約2415億円)の契約案に関して、イタリア政府がまだ契約を結んでいないことを明言した。
しかし、イタリアの軍事通信に関して、より安全で強力な衛星通信システム(スターリンクなど)に関心を持っていることを認めた。

クロセット大臣は、Avs(緑の同盟・左派)のニコラ・フラトイアーニ議員による質疑応答に対して、イタリア政府がスターリンクとの契約を結んだ事実はないと強調した。フラトイアーニ議員は、イタリア政府がSpaceXと契約を結び、安全な通信システムを導入する計画について疑問を投げかけていた。

イタリアの報道によると、イタリア政府とSpaceXとの間で進行中の交渉では、スターリンクを通じて暗号化された通信サービスを提供することが計画されており、イタリア軍に対する通信サービスや衛星通信システムの導入が含まれているという。

クロセット大臣は、イタリア軍が頻繁に国外で活動する必要があり、通信手段が常に十分に整備されていない場合があることを指摘した。
特に、イタリア軍はアフリカ、中東、北欧、東欧などで活動しており、これには信頼性の高い通信システムが不可欠であるため、現在、イタリアの軍事通信は主に「Sicral(シクラル)」という高軌道衛星を使って行われているが、このシステムには限界があると説明した。
Sicralシステムは、Telespazioが提供するもので、イタリアとフランスの共同事業によって運営されている。しかし、Sicralはカバー範囲と帯域幅が限られており、低軌道衛星が提供するサービスに頼る必要がある。

クロセット大臣は、イタリア政府が「ASI(イタリア宇宙機関)」に委託して、より広範な通信システムの可能性を探るための調査を進めていることを明らかにした。これにより、イタリアは現在の通信システムを補完するための選択肢を検討しており、その一環として、SpaceXのスターリンクが有力な選択肢となっている。

イタリア国内でも、欧州連合(EU)が進めている「IRIS2」プログラムが注目されているが、このプログラムは2030年までには完全運用が難しいため、短期的な解決策としては適していない。

*「IRIS2」プログラムとは、欧州連合(EU)が進めている衛星通信プロジェクトで、主に軍事や政府機関向けに安全で信頼性の高い通信サービスを提供することを目的としている。約290機の衛星を利用して、EU諸国間での安全なデータ通信を強化することを目指しており、特に高緯度地域や偏遠地での通信環境を改善することが期待されている。IRIS2は2030年頃に完全運用を開始する予定。

クロセット国防大臣は、スターリンクが現在提供している通信サービスの信頼性と利便性を評価しつつ、イタリアがどのように独自のデータ管理と暗号化技術を駆使して、国家の安全を保つかについても言及した。
イタリアは、衛星通信を利用する際に、データの保護や暗号化技術において独自の手段を講じることが可能であり、国家の利益を守るためにあらゆる選択肢を検討していると説明した。

イタリア政府がもしスターリンクのような商業的な解決策を選択する場合には、国防省がその適用可能性を十分に検討し、専用の技術的なタスクフォースを立ち上げる予定であることを示唆した。

イタリア軍の特別な要求に合致するかどうかが詳細に評価されることになるだろう。

 

Profile

著者プロフィール
ヴィズマーラ恵子

イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie

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