
イタリア事情斜め読み
コロナ危機の教訓とイタリアの防衛戦略:冷戦時代の影響と今後の課題

イタリアの防衛戦略における矛盾と冷戦への郷愁
欧州連合諸国は少なくとも1億3170万回分のコロナワクチンを破棄した。実際はおそらく5億回分に近い数字だろう。
この事実は欧州委員会と22カ国への調査で判明したものだ。回答した5カ国(イタリア、ポーランド、フィンランド、ブルガリア、オーストリア)はすべて、寄付した数より多くのワクチンを破棄している。
イタリアだけで4680万回分を廃棄し、人口わずか900万人のオーストリアは2500万回分を無駄にした。これらはEU人口の26%を占める国々に過ぎないが、この割合で計算すると全体では約5億回分、85億ユーロ(約1兆3,680億2,648万円)相当のワクチンが廃棄されたことになる。
だが、このデータをワクチン反対の根拠とすべきではない。EUで購入された約20億回分のうち、少なくとも15億回分が接種され、数百万の命と雇用、そして経済を救った。
この破棄された分を発展途上国へ寄付できたかどうかも不確かだ。多くの国々は適切な冷蔵設備を持っていなかったからである。
この新型コロナウイルス(COVID-19)危機の教訓は、今日のヨーロッパが直面している防衛問題に通じるものがある。
この教訓が示しているのは、コロナ危機と防衛問題の最も顕著な共通点だ。
どちらも「共通の脅威」個々の国が独立して対応するのではなく、共通の脅威に対して協力して取り組むことの重要性であるといえよう。
新型コロナウイルス(COVID-19)は、全世界のすべての国々に影響を与えるパンデミックであり、特定の国だけでは解決できない問題だ。
同様に、防衛問題も、特定の国だけで解決できるものではなく、特に欧州のような国際的な協力体制の中では、集団的な安全保障の枠組みが重要となり、新型コロナウイルスのようなパンデミックの脅威に対しても、欧州連合(EU)やNATOなど、国際的な協力が不可欠であることを実感された。
コロナ危機では、パンデミックの発生に早期に対応できなかったことで、多くの国々が後手に回り、医療物資やワクチンの供給に問題が生じた。この失敗は、事前に準備しておくことの重要性を痛感させることとなり、同じことが防衛問題にも当てはまるのではないだろうか。
国際的な脅威が現実のものとなったとき、迅速に対応するためには、事前に計画や体制を整えておくことが不可欠である。
防衛問題においても、突然の脅威に対して迅速かつ効果的に対応できるように、予防的な備えや、迅速に展開できる軍事力やリソースが求められる。
特に、ウクライナ戦争やロシアの脅威、さらにはサイバー戦争やテロリズムなど、新たな脅威が現れる中で、アメリカ一国による支援に頼りきることが難しくなるだろう。
| 共通の脅威に対する集団的対応
ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会が準備する「ReArm Europe」は、コロナ対策と共通点を持つ。共通の脅威に対する集団的保護の必要性、高コストな特別対策、技術面での迅速な進歩の必要性、そして中央集権的な調達の可能性だ。
しかし両者には別の共通点もある。
緊急時に指導者たちが何かをしているように見せようとする焦りから不適切な判断をする危険性、そして国民の一部が状況を理解せず、懐疑的になり、偽情報に惑わされる傾向であった。この点でイタリアは特に脆弱である。イタリアのように防衛に対して懐疑的な国民が多い場合、国家の防衛戦略を成功させるためには、国民がその必要性を理解し、支持することが重要になってくる。
イタリア政府は、防衛政策が国民生活に与える影響(例えば、年金や医療など)について、より丁寧な説明を行い、納得を得る努力が求められている。防衛の強化が単に「軍事費の増加」だけでなく、経済的な安定や社会保障の維持にもつながるという視点を示すことが、懐疑的な国民を説得する一助となると思える。
欧州の指導者たちが再軍備や共同防衛について議論する中、イタリアは周縁にとどまり、国民の多くは懐疑的で、彼らは緊急事態を現実のものと認識していない。現在のような新しい脅威が蔓延する中で、その中立志向や防衛に対する懐疑的な姿勢は危険を伴うだろう。
最近の世論調査によれば、57%のイタリア人はロシアにもウクライナにも与していないと回答している。これは3年前の38%から大幅に増加した数字である。
フォン・デア・ライエン欧州委員会の再軍備計画に対しても、相対的多数が反対し、通常は対立する政党の支持者でさえ、この問題では支持が弱い。
イタリア人は欧州や自国の防衛強化の必要性を理解せず、年金や医療が犠牲になることを恐れている。
これはヨーロッパにおいて特異な現象だといえよう。欧州外交評議会の調査(European Power)によれば、イタリア人はウクライナを「ヨーロッパの一部ではない」と答える割合が最も高く(50%)、戦争のロシア責任を認める割合が最も低い国の一つだ。また「ロシアは必要なパートナー」と考える傾向も強く、ウクライナの領土保全回復までの軍事支援継続への賛成も少ない。
冷戦への郷愁が広がるイタリア社会では、防衛強化の意義を見出せない層が大きい。
「ロシアは我々に危害を加えず、ウクライナ軍に足止めされた程度の軍事力しかない」という見方が一般的だ。一部はウクライナをプーチンに譲り渡し、バルト諸国が攻撃されても関与すべきでないと考えている。
NATOやEUの境界線をロシアに近づけたことが誤りだったという認識がある。
これは21世紀のスイスのように、あらゆる国と開かれた関係を持ちながら特定の陣営に与さない中立願望の表れだ。しかし現実はより複雑である。
ルーマニアの選挙でプーチンの傀儡(かいらい)が勝利すれば、ルーマニアの外交政策や安全保障政策がロシア寄りに変わり、欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)との関係が弱くなる可能性が高い。イタリアのミサイル防衛にも影響が出る。
欧州では物理的な侵攻以外にも、ドイツ防衛企業CEOへの暗殺未遂やバルト海海底ケーブル切断など、ハイブリッド攻撃が続いている。
イタリアはアメリカの保護の下で長い「タダ乗り」を享受してきたが、その時代は終わりつつある。
防衛が欧州の責任となった今、イタリアの中立志向は持続可能ではないように思える。
中立の立場を取ることは、現実的な選択肢ではなくなってきており、これからの安全保障を確保するためには、より積極的な対応が求められるだろう。

- ヴィズマーラ恵子
イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie