
NYで生きる!ワーキングマザーの視点
フォトジャーナリスト内海夏子の挑戦「売られる前に知る」ためのメッセージ

戦場を駆け、アフリカの女子割礼の現場を記録し、世界の闇を伝え続けてきたフォトジャーナリスト、内海夏子。彼女の写真と記事は、多くの国際的メディアに掲載され、社会問題を可視化する力を持っていた。しかし、報道だけでは現実は変わらないのではないか----と感じていた。
特に貧困層に限らず世界の子供たちは今もなお、人身売買の危険にさらされ続けている。ならば、罠に落ちる前に、直接彼らに情報を届けるべきではないか----そう考えた内海は、新たな手法を模索し始めた。
ハーバードのケネディースクールで公共政策について勉強し直し、修士を取得、その後 2010年に非営利団体「Cause Vision」をニューヨークで立ち上げた。「MICRO INFORMATION」(マイクロ・インフォメーション※1)というミッションを掲げ、「危険を知らずに人生を奪われる人を一人でも減らしたい」という理念のもと、誰もがリスクを回避できる情報を持てる社会を目指すものだ。
メディアの報道が届かない世界の子どもたちに警告となる情報を直接届けるため、Cause Vision は無料の漫画本を制作し、配布するプロジェクトを始めた。漫画なら字の読めない人や小さい子供たちにも情報を伝えやすいし、文字の詰まったチラシは読まなくても漫画ならきっと読んでくれる----その想いから始まった。
内海は自ら南米や東南アジアへ足を運び取材を行い、完成した漫画本を現地の草の根NPOと連携して子供たちに漫画本を届けた。その活動は現地メディアにも取り上げられ、教育関係者や社会活動家から高く評価された。「単なるジャーナリズムではなく、直接的な変化を生み出す新しい取り組みだ」として絶賛され、各国での影響力が広がっている。
「これが最新のハワイ向けの漫画よ」と、ニューヨークへ訪れていた内海から手渡された、英語で書かれたその漫画本は、光沢のあるカラー印刷で、子供たちが手に取りたくなるような、読みやすい小冊子。#MeToo運動※2で明るみに出た米国の政治家やセレブを多く巻き込んでいたジェフリー・エプスタインの性的搾取事件から着想を得たものだ。
日本でも有名なアメリカ人俳優も、実は性的虐待を受けていたというニュースは記憶に新しい。表立ったスターだけでなく、一般の子供たちも、同じように知らぬ間に取引されている。その現実を、漫画という形で伝え、読んだ子どもたちが罠にハマる前に警告を思い出させ危機の力を身につけられるようにする試みだ。
報道だけではなく、当事者になりうる子どもたちに直接情報を届ける。この活動がどれだけの命や(人生)を救えたかはわからない。だが、彼女の本を受け取った子どもたちは、少なくとも、この本を読んだ子どもたちは、「知らなかった」ままではなくなった。
自分たちの身に何が起こり得るのか、どうすれば危険を回避できるのかを考えるきっかけを得たはずだ。もしかすると、この本を読んだことで、誰かが危険な誘いを断ることができたかもしれない。誰かが大人に助けを求める勇気を持てたかもしれない。
少なくとも、未来のどこかで「危険を知らなかったから巻き込まれた」という悲劇を防げる可能性を生んだ。それだけでも、この活動には大きな意味がある。
日本でも、経済格差の拡大とともに、性搾取の被害に遭う若い女性が増えている。立ちんぼをする少女たち、SNSで「パパ活」という名のもとに身を売る高校生たち。海外に半ば強制的に送られ、買春市場の一部となるケースも少なくない。それだけではなく、臓器売買という、さらに恐ろしい裏社会の取引が密かに行われている。もはやこれは「遠い国の話」ではない。
「Cause Vision」が掲げる「MICRO INFORMATION」の理念は、日本でも必要とされている。日本語の漫画本を制作し、学校や公共施設で無料配布する。あるいは、SNSやYouTubeを通じて、より多くの若者に警鐘を鳴らすことが求められているのではないだろうか。メディアの力が届かない場所で、直接訴えかけることこそが、今の日本でも必要とされている。
「知らないこと」が、一番のリスクになる。この問題が自分には関係ないと思っている人ほど、危険にさらされているのだ。Cause Visionの活動を通じて、内海夏子が発信するメッセージを、私たちはもっと多くの人に届けるべき時が来ている。
※1マイクロインフォメーション...簡潔で実用的な情報をすばやく伝えるのがマイクロインフォメーションの目的。特に子供や若者、情報量が多い現代社会では、こうした小さな情報が大きな気づきや行動のきっかけとなる。
※2#MeToo運動...性的被害やハラスメントを受けた人が「私も」と声を上げ、被害の実態を可視化し、社会の意識を変えるための運動。2017年にSNSで広まり、世界中に影響を与えた。
【プロフィール】
フォトジャーナリスト 内海夏子(うつみなつこ)
甲南大学法学部を卒業後、イギリスへ語学留学。1987年来米。ボスニア、シエラレオネ内戦、中米の森林伐採、家庭内暴力(DV)、十代の母親、少女への性的虐待、米国のホスピスケア、女子割礼などについて取材し、タイム誌、ニューズウィーク誌、ニューヨーク誌、コスモポリタン誌などに寄稿。3年間アフリカ6ヶ国を取材し、2003年に『ドキュメント女子割礼』(集英社)を出版。2007年ハーバード大学で修士号取得。2010年に非営利団体「Cause Vision」をニューヨークで設立。現在はアルゼンチンを拠点に、世界を飛び回りながら子供たちを救う活動を続けている。
【関連リンク】
●Cause Vision オフィシャルサイト
●Cause Vision Facebook
●日本の政府広報オンライン 「人身取引」は日本でも発生しています。あなたの周りで被害を受けている人はいませんか?
●在日米国大使館と領事館による2024年人身取引報告書
●内海夏子著書 ドキュメント女子割礼(集英社新書)

- ベイリー弘恵
NY移住後にITの仕事につきアメリカ永住権を取得。趣味として始めたホームページ「ハーレム日記」が人気となり出版、ITサポートの仕事を続けながら、ライターとして日本の雑誌や新聞、ウェブほか、メディアにも投稿。NY1page.com LLC代表としてNYで活躍する日本人アーティストをサポートするためのサイトを運営している。
NY在住の日本人エンターテイナーを応援するサイト:NY1page.com