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England Swings!

ラッシャー貴子|イギリス

サッカー初心者がロンドンで観たW杯2022

 移民の多いこの国では、応援するチームが世界のあちこちに分かれるのもおもしろい。126日、モロッコがスペインを破る歴史的な勝利を収めた後には、ロンドンでもアラブ系の人が多いエッジウェア・ロード周辺や街なかのピカデリー・サーカスに大勢集まって、クラクションを鳴らす車やバイクをしたがえてパレードしたり、歌ったり、花火をあげたりと大騒ぎだった。サッカーの結果を知らないまま、たまたま仕事帰りにエッジウェア・ロードを通った夫は、暴動でも起きたのか、それにしてはみんな嬉しそう、と不思議に思ったそうだ。このにぎやかなお祝いは、準々決勝でモロッコがポルトガルに勝った夜にも巻き起こった。

ガーディアン紙のYouTube投稿より、サッカーの試合でスペインを破ったことをロンドンで祝うモロッコの人たちの様子。最初に映る観光名所ピカデリー・サーカスでの盛り上がりは、まるで日本が勝った時の渋谷のよう。後ろに映った時計を見ると、深夜2時半近くになっているのがわかる。中盤はやはり繁華街のオックスフォード・サーカス辺り、後半はエッジウェア・ロード周辺。エッジウェア・ロードは、アラブ系の店やレストラン、マーケットが軒を連ねるおもしろいエリアだ。

 日本がスペインを破って決勝トーナメントに勝ち進んだ日、ロンドンでは午後7時キックオフという観戦にぴったりの時間帯だったのに、わたしは夕食の約束をしてしまっていた。でも、訪れた和食の店では日本人らしき板前さんがカウンターの向こうから控えめに、「スペインに1点入りました」「日本も入れました」と結果を知らせ続けてくれた。テレビやラジオからではなく、シブい板前さんがそっと教えてくれるというのが、なんだかよかった。勝利の瞬間は店内が拍手でいっぱいになり、叫び声も上がった。日本人と思われる客は実はわたしひとり。周りのやさしさが嬉しかった。店内にやはりひとりスペインの女性がいたけれど、それほどサッカーに思い入れがないようで(あったらテレビを観てるはず)、「あら残念。でも日本よかったね」と温かく拍手してくれた。

 去年のEUROに続いて、試合を観ながら友人とのメッセージ合戦も楽しい。ふだんはサッカーの話なんてしない友人からも「日本、すごいね!」「惜しかったねぇ! いい試合だったね」とメッセージが来ていた。W杯になるとサッカーを観る人が増えるのはロンドンも同じ、かな。サッカーの話をしていると、「選手交代が遅かった!」「横にパスしてないで前に進め!」と自宅監督たちが好き勝手に語るのを聞くのもおもしろい。イングランド最後の試合になったセネガル戦はご近所の友人カップルと観た時に、試合前の国歌斉唱でふたりがさっと立ち上がって一緒に歌い出したのも驚いた。ひとりはイングランド人だけれど、パートナーはパキスタンの人だ。どちらもイングランドを応援していたからのようだ。その横で、わが家のイングランド人の夫はぼんやり座っていたけれど。

今大会でも大活躍のブカヨ・サカのTwitter投稿より、2得点した初戦のイランとの試合での様子と、この日のベスト選手賞を手にするサカ。イングランドの伝説のサッカー選手、デビッド・ベッカムがイングランド代表のキャンプを訪問した時に、はにかんだ様子で「一緒に写真撮ってもらっていいですか?」と丁寧に聞いていた彼がかわいらしかった。サカの両親はナイジェリア出身で、彼はナイジェリアとイングランド、どちらの代表になることもできたそうだけれど、イングランドを選んでくれてありがとう!

 12月10日、イングランドは準々決勝でフランスに2対1で惜しくも敗れて、W杯の舞台から去った。試合だけでなく、イングランド代表のキャンプの様子を毎日のようにSNSで追って、休養日にプールで遊んだり、ゲームをしてふざけあったりする選手たちをずっと見てきたので、とても寂しい。

 今大会の5試合のうち、イングランド代表が受けたイエローカードは最終日の1枚だけだった。そういうフェアなプレーも大好きなのだ(初心者向きかも)。実は試合中ずっと、フランスのファールを見逃しすぎなのでは? と思っていたのだけど、これは「アドバンテージをとる」というのだと教えてもらった。それにしてもレフリーの判断に疑問が残るという報道もわりに多い。優勝候補のひとつであるフランス相手に善戦して、いいところまで行っただけに、レフリーが公平だったら勝てたかもしれないのに、とつい思ってしまうのかな(本当に惜しかったんです!)。でも、そういうこともあるのがサッカー、とも教えてもらった。サッカーについて知るべきことはまだずいぶんあるようだ。

 今大会のイングランド代表チームは、選手のほとんどが20代という若いチームだ。4年後にまた出場する選手も多いだろう。まだW杯は終わったわけではないけれど、選手に続いての報道陣もカタールを引き上げ、英国ではW杯のお祭りはいったん終わった雰囲気になっている。わたしにとって初めてのW杯も、ここで大きな区切りになった。選手のみなさん、どうもありがとう。4年後、待ってるよ!

ガーディアン紙のTwitter投稿より、フランスとの試合に負けた翌日の朝刊の見出しいろいろ。信頼が厚いキャプテンのケイン自身が珍しくペナルティーキックを外して、大きなチャンスを逃したことを大きく取り上げているけれど、その後にケインが個人的に非難されなくて本当によかった(去年のEURO決勝ではSNSでペナルティーキックを外した選手に暴力的な言葉が投げつけられた)。右下の写真でシャツを噛んで悔しがっているのがケイン選手。あまり感情を表さない人だけれど、試合終了後はがっくり座り込んでいた。それを撮ろうとしたメディアに、ゴールキーパーのピックフォードが「やめてあげて」とジェスチャーで示していたのが泣けた。
 

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著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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