Fair Dinkum フェアディンカム・オーストラリア
『安全な五輪』は本当に可能なのか、豪専門家が分析 メダルの価値はコロナのリスクと引き換えられるのか?
五輪開催まで10日と迫った7月14日、グローバル・マーケティング・リサーチ会社 Ipsos が、世界28ヶ国で行った「東京オリンピック・パラリンピックを開催すべきか否か」を問う最新の調査結果を発表した。(参照)
これによると、開催国の日本では、約8割に当たる78%が開催に反対、22%が開催に賛成と回答。さらに、反対・賛成に関わらず、68%の人が大会自体に興味がないと答えた。
28ヶ国の平均では、57%が開催に反対、賛成は43%だったというが、以前のコラムで、五輪については比較的前向きだと書いたオーストラリアの調査結果はどうだったのか?というと、59%が開催に反対、41%が賛成と回答。また、反対・賛成に関わらず、55%が大会自体に興味がないと答えたそうだ。
また、豪での調査対象の4分の3以上の77%に当たる人が、五輪は次世代のスポーツに欠かせないものだと答え、3分の2に当たる65%が、五輪は国をひとつにまとめる効果があると考えていると回答。それにも関わらず、開催に反対と答えた人が6割近くもいるということは、今大会に対しては、新型コロナウイルスの懸念が大きく影響しているのだろう。
2000年のオリンピック・パラリンピックはシドニーで開催された。当地は季節が逆のため、開催期間を後ろへずらし、9月15日~10月1日の開催となった。写真は、シドニー五輪のメイン会場となったスタジアムを中心としたオリンピック・パーク。2019年撮影(Credit:ai_yoshi image-iStock)
オーストラリアは、『スポーツ大国』と言われるほど、スポーツが盛んな国だ。自ら何らかのスポーツをやっている人が多く、お気に入りのチームやアスリートを全力で応援し、熱狂する。しかし、今回の東京大会については、手放しで歓喜するのは難しい。世界的な新型コロナウイルスによるパンデミックが収まるどころか、再び拡大している最中なのであるから...
IOCと東京五輪組織委員会は「安心、安全な大会を目指す」としているが、オーストラリアの公衆衛生の専門家は、「(IOCと日本が)この時期に大規模な国際イベント開催を決定したことは、感染症対策、健康管理、倫理面で多くの課題を提起している」と警鐘を鳴らす。
コロナ対策と検査体制により、日本の感染状況が過小評価されている可能性
オーストラリア医学ジャーナル誌は、ニューカッスル大学医学部/公衆衛生学のクレイグ・ダルトン博士とジョアン・テイラー博士が、パンデミック下における五輪開催のどのような点が問題なのかを細かく分析、解説した記事を掲載した。(参照)
記事ではまず、IOCは様々な感染対策を講じているが、十分でない可能性があるとし、ガバナンスの観点からも、1日に数千人の国内新規感染者が確認されているような状況下で、安全な五輪を実現することは期待できないとした。
両氏は、開催国の日本は、オーストラリアがとってきた抑制戦略とは対照的に、5人以上の感染が確認されたクラスターだけにターゲットを絞って対応する、クラスターベースのアプローチを取り、コミュニティ内での感染が避けられないことを当局が認めていると指摘する。
また、日本が第4波で緊急事態宣言下の6月初旬には、毎日3,000人前後の感染が報告されているが、日本ではパンデミックが始まって以来5月末までに、人口約1億2,600万人に対して約1,190万人しか検査を行っていないことを挙げ、本当の感染者(患者)数を過小評価している可能性が高いと言う。
こうしたことから、日本では検査の制限によりCOVID-19の症例が見逃されている可能性があるうえ、6月初旬までに完全にワクチン接種を完了した人が、人口の7%程度であることも懸念のひとつだとしている。
大会関係者と一般市民の完全バブルは不可能
次に、大会関係者と一般市民のバブルを想定しているというが、清掃や配送、警備、検査、ケータリングなどのサービス提供者の接触は避けられない。オーストラリアでも厳格な感染管理が行われている検疫隔離ホテルからの漏出で、市中感染が発生していることを見ても明らかなように、すべての接触を断つことは不可能だと指摘。
また、五輪選手村へウイルスを持ち込まないという前提が、すでに崩れていることにも言及。
その理由として、IOCが東京到着前の96時間で2回の陰性検査証明を義務付けているが、感染状況が悪化して限られたリソースしかない国で多くの選手ができる検査は、PCR検査に比べてはるかに感度の低い迅速抗原検査しかないこと、また、陰性証明書はインターネット上からダウンロードし、医師による署名が必要としているものの、署名した医師名は記載する必要がないこと、検査の品質を問われないことなど、不備が多い点を挙げた。
さらに、選手への毎日検査という戦略は、検査数がピーク時で最大10,000人程度という東京の1日の検査体制を大きく上回る膨大な検査をこなさなければならないことから、実現不可能ではないかとも指摘。
両氏は、4月の時点で、東京で検出された感染ケースの40%が懸念される変異株であったことから、大会後も感染が続くことで、五輪参加者や自国にさらなるリスクをもたらすだろうと危惧している。
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著者プロフィール
- 平野美紀
6年半暮らしたロンドンからシドニーへ移住。在英時代より雑誌への執筆を開始し、渡豪後は旅行を中心にジャーナリスト/ライターとして各種メディアへの執筆及びラジオやテレビへレポート出演する傍ら、情報サイト「オーストラリア NOW!」 の運営や取材撮影メディアコーディネーターもこなす。豪野生動物関連資格保有。在豪23年目。
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