Fair Dinkum フェアディンカム・オーストラリア
『安全な五輪』は本当に可能なのか、豪専門家が分析 メダルの価値はコロナのリスクと引き換えられるのか?
選手村が大きな感染源になる可能性
東京都心部に造られた五輪選手村。2020年12月 千代田区にて撮影。(Credit:y-studio image-iStock)
これまでも、高齢者施設やクルーズ船、ホームレス・シェルターなどでの大規模なクラスターが発生していることからもわかるように、集団生活が感染を増幅させることがわかっている。選手村施設の館内には、廊下やエレベーターなど、多くの共有スペースがあり、リスクが高い。また、日本の夏は暑く、エアコンに頼りたくなることから、窓を開けて換気する機会が減ることにも言及。
オーストラリアの検疫隔離ホテルからの漏出事例から、本来なら、空気を介したエアロゾル感染を抑制することを意図して設計し、建設する必要があるとしたうえで、14〜18階建てアパート棟となっている五輪選手村の施設を疑問視した。
現在、オーストラリアの主要都市では、空気を介したエアロゾル感染を考慮した独立型検疫施設の建設が急がれているところだ。それに比べ、通常の高層アパートとなっている選手村の宿泊施設は、たしかに不安が大きい。
中途半端なプレイブックの規定
両氏は、IOCと東京五輪組織委員会が提示しているプレイブック「The Playbook: athletes and officials - your guide to a safe and successful Games」の中で提案されている感染管理プロトコルは、オーストラリアの基準からすると中途半端に見えると言う。
濃厚接触者の定義が「1メートル以内で15分以上」とされていて、症状や検査基準が満たされていれば、オーストラリアのように14日間の強制検疫対象になることなく、競技に参加することができることを疑問視した。
また、日本版接触確認アプリ「COCOA」は、オーストラリアの接触確認アプリ「COVIDSafe」同様、問題がありそうだとも指摘し、これは、豪国内でもほとんど役にたっていないアプリでは感染拡大は防げないと、暗に自国オーストラリアをも批判しているのだろう。
国民の多くが中止を求める大会は倫理に反するのではないか
日本では国民の約8割が五輪開催に反対し、中止を訴える抗議運動も活発化している。また、国民の多数が、感染拡大国から大勢の人がやってくることで、日本国内に影響が及ぶ可能性を認識し、憂慮していることは、五輪が日本にとって倫理的な問題を引き起こしていると指摘する。
また、東京・立川綜合病院が五輪開催中止を求めていることを記事の冒頭で紹介した両氏は、コロナ禍で脆弱になっている日本の医療体制についても言及。インドで起きたような事が日本で発生した場合のことも考慮し、選手が感染し、治療が必要となった場合の心配も綴った。
両氏は記事の最後で、パンデミック下の五輪開催について、以下のようにまとめている。
「疫病やパンデミックの歴史の中で、人々は機会があれば、すぐに正常な状態に戻ることを求めてきました。しかし、この時期にCOVID-19に対する安全性が保証された五輪が開催できるという主張は、よく言えば野心的な目標であり、悪く言えばシニカルな広報活動ともいえます。IOCが自らの外で起こっている現実などおかまいなしに、五輪開催を頑なに主張することに憂慮します。計画段階でリスク軽減策を徹底的に検討するべきでした」
そして、五輪に参加した帰国者を対象としたCOVID-19の世界規模のサーベイランスと日本国内におけるサーベイランスは、次のパンデミックの段階で大規模集会に関するリスク評価に役立つだろうと結んだ。
誰かの犠牲と引き換えに得るメダルになってしまう可能性も
オーストラリア同様にスポーツ好きなニュ-ジーランドは、どうだろうか? 同国は、パンデミック初期の厳格なコロナ対策でコロナ・フリーを謳歌している。
しかし、世界はパンデミックの最中だ。リスクを冒してまで出場する必要があるのだろうか?と、東京在住のニュージーランド人、キエレン・ファニングさんは疑問視する。(参照)
世界的パンデミックの中で、多くの人が望まない大会に選手を派遣することは、我々がやってきたことに逆行することではないのか?と...
逆の立場でニュージーランドが開催国であったとしたら・・・世界中がウイルスに苦しめられている状況下で、また、自国でも毎日感染者が増加し続けている中で、政府が10万人規模の国際イベントの開催を推進したら、どれだけ国民の怒りを買うだろうか...と続ける。
誰もがパンデミックで、何がしかの犠牲を払っている。そして、これを目標に頑張ってきたアスリートが払う犠牲も計り知れない。だが、それは、五輪を開催することで発生する余計な死の犠牲とは比べ物にならないだろうと、ファニングさんは言い、祖国ニュージーランドの参加辞退を訴える。
オリンピック、パラリンピックは、アスリートにとっては世界の舞台で戦うまたとないチャンスだ。出場を第一目標に、日々たゆまぬ努力をしてきたアスリートも多いだろう。
いろいろな思いがよぎるなか、ファニングさんの言葉が、胸の奥に突き刺さる。
「メダルと栄光を手に入れるチャンスが、誰かの最愛の人や家族、友人の健康を犠牲にしなければならないようなことなのでしょうか?」
〈了〉
著者プロフィール
- 平野美紀
6年半暮らしたロンドンからシドニーへ移住。在英時代より雑誌への執筆を開始し、渡豪後は旅行を中心にジャーナリスト/ライターとして各種メディアへの執筆及びラジオやテレビへレポート出演する傍ら、情報サイト「オーストラリア NOW!」 の運営や取材撮影メディアコーディネーターもこなす。豪野生動物関連資格保有。在豪23年目。
Twitter:@mikihirano
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